机の引き出しに隠した秘密

ノギスの先がアルミの縁をなぞり、カチリと軽い音が工場の奥に響いた。天窓から落ちる光が白く、湿気を含んだ空気がじっとりと肌にまとわりつく。

梅雨に入って数日。じわりと床が滑る感じがあり、足元に少し力を入れて立っていないと心許なかった。検査台の上、薄肉リングが一つ、鈍く光を反射している。寸法は図面どおり。だが、雄大が指で端をなぞると、わずかに反りがあるらしかった。

「……熱か、湿気か」

雄大の呟きに、木戸が片眉を上げて寄ってきた。

「面、やり直すか」

雄大は頷いた。

旋盤の熱が影響したかもしれない。どんな些細な変形も許されない。段取りを組み直す音が、湿った空気の中で鈍く響いていた。

事務所に戻った佐登子は、いつものルーティンをこなすように伝票を並べ、端末を起動した。

バッグの中には、病院で受け取ったばかりの書類が入っていた。

午前中、産婦人科に寄ってから出勤したのだ。妊娠は紛れもない事実となった。中にあるエコー写真は、ファイルごと自分の机の引き出しに移した。鍵はかかっていないが、佐登子以外誰も触らない場所。

画面の読み込みを待つ間、診察室での記憶がよみがえる。白黒の波のなかに、小さな影が揺れていた。医師の説明はほとんど頭に入らなかった。

佐登子は深く息を吸い直し、キーボードに手を置いた。

(言えない……)

昼過ぎ、冷蔵庫の残りで簡単なまかないを作った。

炊飯器のご飯は朝食からの持ち越し。味噌汁は春山が火を入れ直し、木戸がさりげなくおかずに醤油を足している。ごつい手でレンゲを配る仕草が妙に丁寧で、それがかえって可笑しかった。雄大はいつもどおり黙って箸を動かしていたが、ふと佐登子の茶碗をちらりと見て言った。

「飯、最近少ないな……」

「あ……うん、花粉のせいかも。なんか食欲落ちてて」

雄大は頷いただけで、それ以上は何も言わなかった。

味噌汁の湯気がゆらゆらと上がる。食器を下げて立ち上がるとき、佐登子は無意識に、事務机の引き出しへと視線を向けていた。

あの小さな命の写真は今もそこにある。誰の目にも触れることなく、ただ、そこに。