早く結婚をしたいと思ってるんだ!

「美弥子さん」と真剣な声音で名前を呼ばれたのは、帰り道だった。

ひょっとするとプロフィル詐欺なのではないかと、明確に悟を疑い始めていた美弥子が驚いて顔をあげると、悟の真顔が美弥子のほうを向いていた。

「美弥子さん、俺は早く結婚をしたいと思っています。そしてその相手は美弥子さんがいいと思ってるんです」

「……え?  は?」

「一緒に暮らしませんか。俺は美弥子さんとずっと一緒にいたいです」

本来ならうれしいはずのプロポーズだが、雰囲気も何もかも関係のない告白に、美弥子は完全に困惑していた。

「一緒に暮らす……?」

「俺は今住んでるタワマンを引き払おうと思ってるんです。美弥子さんのマンションで一緒に暮らしましょう」

酔っているのかもしれない。聞き間違いかと思った美弥子は「ん?」と思わずぼやいた。

「ん?  私のマンションで……? あなたのタワマンじゃなくて……? うちはただの1LDKですし、賃貸ですよ?」

悟は晴れやかに笑う。

「広い家なんて意味ないです。2人で住むなら十分ですよ」

「おかしくない、ですか?」

「おかしいって何が?」

「いやだって、普通タワマンに住みますよね? 私の部屋、狭いですし。それに広くてラグジュアリーな空間なら、憧れがあります」

「いやいや、ダメです。セキュリティーが厳しすぎて、最初に登録をした入居者じゃないと住めないんですよ」

「申請すれば済むことですよね?」

食い下がると、悟は少しいら立った顔になる。

「できるけど許可が下りるまでに時間がかかるんです。俺はとにかく早く美弥子さんと一緒に住みたいんですよ」

「私はいつでも待てますけど」

「俺は待てないですって!  どうしてそんなワガママを言うんですか⁉」

「ワガママなんて言ってないですよ。悟さんと同じことを言ってるだけじゃないですか。どうしてそれがワガママなんですか?」

悟はあからさまにため息をついた。

「結局、美弥子さんもお金ですか」

「どういう意味ですか?」

「いや、いいんですよ。仕方ないことです。でも、俺は、美弥子さんはきっとお金で俺のことを見ない人だと思っていたので、ショックです」

「いや、それってお金どうこうの問題以前のことですよね? 急にうちに引っ越してくるって言われたって困りますし、店は散々決めさせたのに、どうしてここは私の意見を聞いてくれないんです?」

「もういいです。失望しました……」

悟は傷ついたことをアピールするように、背中を丸めて歩き出す。美弥子はその背中を追いかける気にはなれなかった。