遺言書を開封…深い寂しさに襲われる

忠邦さんには2人の子がいた。それが兄の俊一さん(仮名)と、美佳さん本人だ。そして、忠邦さんが所有する遺産は当時彼が住んでいた家、そこから少し離れた場所にある畑、そして800万円ほどの金融資産だ。相続によって一生安泰と大手を振って言えるほどの額ではなかったが、決して少額ではなかったし、何より兄妹にとっては大切な「父の財産」でもある。

話を戻すと、彼女は遺言書を見た時、どうしても開けずにはいられなかった。人は見てはいけないものを前にすると、それが気になって仕方がなくなる生き物だ。

目の前に親の書いた遺言書があったとき、中を見ることなくそっと元の場所に戻す。たったこれだけのことだが、迷いなくできる人間がどれだけいるだろうか。おそらく大多数がつい開封してしまうだろう。例にもれず彼女も遺言書を開封する。そこにはこう書かれていたという。

「私の財産のうち、自宅および預貯金の8割を長男・俊一に、残りの2割を長女・美佳に相続させる」

美佳さんは「それを見た時、怒りというよりも深い寂しさに襲われました」と前置きした上でこう続けた。

「父は昔からお兄ちゃんを頼りにしてましてね……。私は母の介護とか家事とかをずっとやってきたのに、いつもお兄ちゃんびいき。やはり長男である男の子が大事だったんでしょうね」

誰にも言わずに処分

その夜、美佳さんは1人きりの実家で、遺言書のことを思い出す。兄は出張で留守。親族も帰った後で、誰もいなかった。

「気がついたら……手が震えてて。何か悔しさというより『ああ、私って結局この程度だったんだ』って、そう思ったんです」

美佳さんは遺言書を封筒ごと、ごみ箱に入れてしまった。

「燃えるごみの日が翌日でそのまま出しました。誰にも言わずに」

私にすべてをさらけ出した彼女のその表情には後悔と安堵が入り交じっていた。

「父の死後、兄も他の親戚も遺言書があることを知ってたみたいで、私に遺言書について聞いてきたんです。そりゃ遺言書は見つかりませんよ。当然ですよね、私が捨てたんですもん」

●父の遺言書を処分してしまった美佳さん。その後、兄妹の相続はどうなったのか。後編【遺言書は握りつぶされれば意味がない…愛情格差に苦しんだ60代女性が20年越しに明かす「父への裏切り」】で詳説します。

※プライバシー保護のため、事例内容に一部変更を加えています。