町内会長が協力の申し出
残暑厳しい9月の午後、「喫茶・こもれび」には、蝉の声に混じって、子どもたちのにぎやかな声が響いていた。
「市子ちゃん、ここ見て見て!」
「これ、夏休みの宿題でやった問題と同じじゃない?」
「なら、楽勝じゃん! ほら、こうやって分母をそろえてさ……」
市子は、宣言通り夏休み明けの2学期から少しずつ学校へ通っている。
「今日は給食で好きなメニューだから」と笑う顔は、すっかり年相応の少女そのものになっていた。
それから少し驚いたことがあった。市子の母親が、挨拶に来たのだ。
いつも仕事漬けで帰宅するのは夜中。市子のことは実父に頼んではいるものの、持病のリウマチのため思うように動けないとのことだった。
何度も繰り返し頭を下げる母親を見て、真澄は自分の判断が間違っていなかったことを悟った。
「来月から、町内の子ども会でも協力してくれるって。町内会長さんが」
夕方、閉店作業をしながら聡志がぽろりと口にした。
「……ほんとに?」
洗い物をしていた真澄は顔を上げた。
あの町内会長――無表情で、最初は何を話しても素っ気なかったあの人が。
「ほら、お孫さんがうちのお菓子のファンだから」
「なるほどね」
思わずふふっと笑った。
地元の人との距離感は、一朝一夕には縮まらない。
それでも、子どもたちの存在が、彼らとの間の壁を少しずつ削ってくれているのは確かだ。
「子ども食堂、続けられそうだね」
「そうだな……というか、もうやめようとは言えない雰囲気になってるよ」
聡志はおどけた声で言った。
「ありがとね、聡志」
「……これで誰かさんがサービスしすぎなければ、もう少し儲かるんだけどなあ」
「わ、わかってるよ」
真澄は手にしたしゃもじを振り、わざと悩ましげな表情を浮かべる彼の顔に水をかけた。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。