次第に子どもたちが集まるようになり

「こもれび子ども食堂」と、黒板にチョークで書いたのは、夏休みを間近に控えた午前のことだった。

奥の座敷を開放し、本棚にはちょっとした文庫本コーナーも作ってみた。カフェの雰囲気は残したまま、どこか懐かしく、安心できる空間にしたかった。

しかし、最初の数日は、誰も来なかった。チラシは町内の掲示板に貼ったし、小学校にもお願いして配ってもらった。それでも、店内には、真澄と聡志、そしていつもと同じように静かにノートを開く市子の姿だけ。

「やっぱり、まだ難しいのかもね」と、聡志がカウンターから呟くと、黙々と鉛筆を動かす小さな肩が、かすかに揺れて見えた。

それから数日が過ぎたある日、変化は突然訪れた。

「市子ちゃんが、ここにいるって聞いて……」

夕方、ランドセルを背負った女の子がドアから顔をのぞかせた。すると、弾かれたように市子が顔を上げる。

「……真奈ちゃん」

「わあ! 久しぶり、市子ちゃん!」

それは、まるで魔法のようだった。

クラスメイトの真奈との再会を皮切りに、毎日誰かしら「市子ちゃんのいる場所」を訪ねてきた。友香ちゃん、みのりちゃん、雄星くん、そして彼らの弟や妹たちまで。

市子も次第に、子どもらしい表情を見せるようになった。笑ったり、拗ねたり、冗談を言ったり、怒ったり――そのどれもが、新しい風のように、店を吹き抜けた。
学校が夏休みに入ったことも影響しているのだろう。「こもれび」は、徐々に子どもたちのたまり場になっていった。