田んぼに向かい
今年も無事、田植えが終わった。
機械は相変わらず古いし、泥だらけになった作業着は一度洗っただけでは落ちない。それでも千佳は、この季節を、どこか愛おしく感じている。
誰かと並んで植えることはもうないが、千佳の中には、修三と登世子の記憶が確かに残っている。あのふたりが生きていた時間が、この土地に、田んぼに、しっかりと根を張っている。
修三と結婚してこの土地に来た日、千佳は正直、不安しかなかった。嫁として、農家として、うまくやっていける自信なんてどこにもなかった。何度も「帰りたい」と思った。
それでもここにとどまったのは、修三の残したものを守りたかったから。そしていつしか、それが千佳自身の意思に変わっていったのだ。
「私がここに残った意味は、きっとこれだったんだろうな」
2人が眠る墓前。静かに呟いた千佳の前で、白い花弁が風に揺れていた。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。