<前編のあらすじ>
40代独身の悟は、1年前に認知症と診断を受けた父・雄平のいる実家に通い、世話をする日々を送っている。
体力的にも精神的にも疲弊してなお悟が父の介護を続けるのには、姉の真理が所帯持ちである以外にも理由があった。
悟は20年以上も前、父への反発心から心無い言葉をぶつけてしまい、そのことを悔いていたのである。償いのため父と向き合う悟。しかし、父の認知症は進行するばかりだ。そしてついに、悟の父は徘徊の末、行方知れずとなってしまう。
●前編:【「あのときもっと素直になれたら」かんしゃくを起こし暴れだす認知症の父を世話する40代男性の後悔】
翌朝、悟は昨晩の出来事を思い出して溜息をついた。怒りに任せて父に怒鳴り散らした自分が、ひどく幼稚で情けない存在に思えた。
「父さんに謝らなきゃな……」
そう頭では分かっていても、父の顔を正面から見ることができない。朝食を準備しながら、ちらりと居間の座椅子に座る父の横顔を覗き見る。
「……父さん、今日の調子はどう?」
悟が恐る恐る声をかける。父は悟へと視線を向ける。その目はうつろでどこも映しておらず、不安そうにかすかに揺れる。 やがてしばらく黙りこんだあと、父は首をかしげた。
「お前……誰だ?」
「え……」
悟は思わず、手に持っていた湯呑をシンクへ落とした。湯呑は割れなかったものの、大きな音を立てて転がり、排水溝に引っ掛かって止まった。
たとえ父が悟の顔を思い出せなくなっても、介護に追われる毎日は悟を逃がしてはくれなかった。
ある日、悟が仕事を終えると、姉からの着信履歴がいくつも残っていた。慌てて電話をかけ直すと、姉の切迫した声が飛び込んできた。
「悟! 父さんがいないの! 家から出て行っちゃったみたいで……」
認知症患者が徘徊中に事故や事件に巻き込まれるケースは多い。嫌でも最悪の事態が頭をよぎった。悟はすぐに実家へと向かい、姉と合流した。
「どのくらい前から?」
「夕方、ほんの少し目を離した隙に。近所を探したけど、見つからなくて……」
「手分けして探そう。俺、姉ちゃんが見たところもう1回見てみるから。姉ちゃんは警察にも連絡して」
力強く言ってはみたものの、どれだけ探し回っても父の姿は見つけられなかった。近所の人やコンビニなどにも聞き込みをしてみるが手ごたえはない。何か手がかりはないだろうか。必死に手繰った記憶に、いつだったか父が駄々をこねた日のことが思い浮かんだ。
――河原で凧をあげよう!