少し照れくさそうに笑う父
数日後、悟はその手に簡単なビニール凧を握りしめながら、父を連れて再び河原を訪れていた。
父が走るのは危なっかしいので、悟が代わりに凧を広げて河原を走る。少し走っただけで息が上がり、年を取ったことを痛感させられる。もちろん凧はうまく飛ばず、何度も地面に墜落して引きずられた。
「全っ然、上手くいかないよ、父さん!」
「風を読むんだ、風を!」
少し離れたところで父が叫んでいる。楽しそうに空を指差している父に昔の姿が重なる。これじゃあどっちが子供か分からないなと、悟は思わず笑みをこぼす。
とはいえ、このまま凧が上がりませんでしたでは恰好がつかない。手をつないだり補助しておけば大丈夫だろうと、悟は父に竹ひごを握らせる。
「そんなに言うなら父さんがやってみてよ」
「いいか。見てろよ?」
父はそう言って、目を閉じた。そんなに本気にならなくてもと思いつつ、悟は父を見守った。
「今だ!」
強い風が川の上流が吹きつけた瞬間、父が小走りを始めた。足取りはおぼつかなくて危なっかしく、悟は父の手を握って支えた。
果たして、凧は空高くに舞い上がる。
「おぉ、すげえ」
父を支えながら、青空に浮かんだ凧を見上げる。太陽を間近で受ける凧は薄く輝いているようにすら見えた。
「お前に良いところを見せたくて練習したからな」
少し照れくさそうに笑う父に、悟の胸の奥に温かい気持ちがあふれた。認知症の症状が進んでいく中で、この瞬間だけは確かに父は悟の父だった。
「ちょっと悔しいな。俺にも凧あげ教えてよ、父さん」
悟の言葉に、父は静かにうなずいた。風が吹き抜ける中、凧はどこまでも高く舞い上がっていった。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。