河原にいた父が覚えていたこと

一縷の望みをかけて河原へ向かってみると、薄暗がりの中でぽつんと川岸に立っている父の小さな影が見つかった。

「父さん!」

悟は砂利と雑草に注意しながら駆け寄った。父はぼんやりとした表情のまま、しばらく悟を見つめ、やがて口を開いた。  

「……おお、悟。遅かったじゃないか」  

「父さん、ここで何してたんだよ。みんな心配して探してたんだぞ」

切れた息を整えながら、父を睨む。父は悟たちの心配など露知らず、嬉しそうにふと表情を崩した。

「風がいいな、ここは……凧がよく飛びそうだ」

「また凧かよ……父さん、本当に好きなんだな」

 やっぱり、と思うと同時に、悟は呆れて肩を落とした。

「凧が好きだったのはお前だよ、悟」

「は? 俺が好きだった?」  

呟くように問うと、父はゆっくりと頷いた。  

「お前、小さいころ、風が吹いてるのを見ると必ず『凧あげしよう』ってせがんできたじゃないか。だから一緒に作ってな、年明けに飛ばしただろ」

その一言は、忘れていたのが嘘のように悟の記憶を呼び起こした。

確かに、小学生の頃、父と一緒に凧を作った。父はぶきっちょな手つきで竹ひごを組み合わせ、紙を貼っていた。その光景が、鮮明に脳裏に浮かんだ。

「そうだ……作ったんだ、父さんと一緒に」

悟は無意識に微笑んでいた。  

「そうだろ?」

父もまた、微かな笑みを浮かべていた。その表情に、かつての父の面影がほんの少しだけ垣間見えた気がした。

「父さん、この間は怒鳴ってごめん……いや、今までのこともごめん。凧あげは……今度一緒にしよう。今日はもう暗いし、寒いからさ……家に帰ろうよ」
不思議とそう口にしていた。父は素直に頷いた。  

「そうだな、家に帰ろう」

2人は河原を後にする。頭上では、月が鈍く光り始めていた。