「父さんみたいには絶対ならない」

高校2年生の夏、悟は父と大喧嘩をした。

対立のきっかけは進路について。どこの家でもよくあるような言い争いだと、今は思う。

「悟、大学ぐらい行け! 学歴がなきゃ、これからの世の中渡っていけないぞ!」

このころの悟は働いて金を稼ぐようになれば、自由になれると思っていた。一刻でも早く自由になりたかった。だから高校を卒業したら、そのまま地元の企業に就職するつもりだった。しかし父は頑として反対してきた。

「なんで俺のときだけ反対するんだ! もう放っておいてくれよ! いつもいつもうっせえんだよ、父さんは」

「なんだ、その口の利き方は!? 大学に行ける頭があるんだから行けばいいだろうが!」

父が姉に甘いのは、幼少期からずっとだ。あるいは悟にだけはやたらと厳しかった。風邪で小学校を休みがちだった悟は、半ば強引に近所の空手教室に通わされたし、中学のとき吹奏楽部に入りたいと相談したが受け入れられなかった。

姉が就職するときには黙って見守っていたくせに。悟の不満はとうとう爆発した。

「あんたに関係ないだろ」

「大学くらい行っておけ。お前のためを思って言ってるんだ」

「自分が行ってないから? 安心してよ。大学に行っても行かなくても、俺は父さんみたいには絶対ならないし、安い給料で人にこき使われたりなんてしねえから」

次の瞬間、痛みと衝撃が悟の頬を貫いた。床に崩れ落ちてから叩かれたのだと気づいた。同時に、言ってはいけないことを言ったことも理解した。だが父はそれ以上何も言わず、その場を去っていった。

この喧嘩を境に、悟は父と距離を置くようになった。