芽衣子をヘルパーと間違えて…

「お義母(かあ)さん、お茶でもいかがですか?」

午後の作業に出掛けた正志を送り出したあと、珍しく穏やかな表情で縁側に腰かけていた澄子に、芽衣子は声をかけた。

義母はちらりと芽衣子を見たが、何も言わずに庭に視線を戻した。無視程度であればもはや日常なので、芽衣子は気にせず台所へ向かって2人分のお茶を入れる。あとで1人で飲んでいるところを見られると、気が利かないの何のと文句をつけられることが分かっているからだ。

特に急ぐこともなくお茶を入れ、芽衣子が湯飲みを差し出すと、義母はぽつりとつぶやいた。

「悪いねぇ」

その言葉に、芽衣子は思わず動揺した。お茶をいれて礼を言われたことなど、今までになかったからだ。

「いつも助かるよ、幸代さん」

だが動揺もすぐに納得に変わる。どうやら澄子は、芽衣子を訪問介護のスタッフと勘違いしているらしかった。

どう返事をすべきか迷ったが、最近の澄子に認知症の兆候があることはヘルパーや主治医からも聞かされていたし、今更名前を間違えられたくらいで何か思うことがあるわけでもない。芽衣子は「いいえ」と流し、湯気の立つお茶を口に含んだ。

「縁側、寒いでしょ? 風邪引きますよ」

「大丈夫だよ。若いときから、身体が丈夫なことだけが取りえなんだ」

芽衣子は話しながら、澄子とこうして穏やかに会話をするのは15年暮らして初めてのことかもしれないと思った。

それから澄子は、何の脈絡もなく、ただ頭に浮かんだことをぽつぽつと語った。

天候不順で米が不作になったときの話、孫が生まれたときのこと、義父に対する愚痴ーー。そして、いつしか話題は嫁の芽衣子へと移っていった。