あの子には悪いことをした

「嫁ってのはね、最初はあんまり気に入らないもんだよ。特にうちの嫁は、都会から来たくせに、生意気な顔して……」

芽衣子は思わず心の中で苦笑した。越してきたばかりころは特に、小言を言われて不服そうな顔をしていると、生意気だと言われた。

「最初はね、本当に腹が立って仕方なかったんだよ。私の言うことなんか、どこ吹く風って顔してたしね。最初はね、離れに住まわせてたんだけどね、毎晩毎晩、庭に出るとあたしの文句を言ってんのが聞こえてくんのさ。腹が立つだろう?」

そうだったのか、と心のなかで思った。当時は考えても見なかったが、あれだけ隙間風が吹く古い建物だったのだから、考えてみれば当然だった。

「でもね、どんなに私が口うるさく言っても、あの子は文句ひとつ言わずにこなしてくれたんだよ。都会育ちで土なんていじったこともなかったのにさ.」

芽衣子は手に持っていた湯飲みを思わず取り落としそうになった。

義母はいつも文句をつけるばかりで、芽衣子を褒めたり感謝の言葉を口にしたりすることは一切なかった。

「お嫁さんのこと……少しは認めてたんですか?」

ヘルパーのふりを続けて、芽衣子は澄子に問いかけた。

「さあ、どうだろうねぇ……本当は認めたくなんかなかったのかもしれない。でも、年月ってのは不思議なもんだよ。あんなに気に入らなかったあの子のことを、いつの間にかこの家の一員だって思えるようになったんだから……」

お茶をすすった義母の顔にふっと笑みが浮かんだ。それは、これまで見たことのないほど優しい表情だった。

「それなのに私は、つらく当たってばかりで……あの子には悪いことをしたねぇ」

「そうだったんですか」

芽衣子は小さく息を吐いた。天井を見上げたのは、そのままでは涙がこぼれてしまいそうだからだった。

15年、楽しいことよりもつらく理不尽なことのほうが多かった。そのたいていの原因である澄子のことを何度も憎みさえした。だが農家の嫁として、懸命に走ってきた15年だった。

無駄ではなかったんだ。

穏やかな陽光に包まれている澄子の丸くなった背中を眺めながら、芽衣子はもう一口お茶を飲んだ。

複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。