介護で拗れるきょうだい仲

母親は2020年、97歳の誕生日まで一人暮らしができていた。
しかし主治医から「腎臓の腫瘍が大きくなって、リンパ節への転移も見られます」と告げられると、頻繁に微熱に悩まされるように。

「長兄は43歳の時に交通事故に遭い、脳挫傷の重体から奇跡的に回復しました。少し後遺症が残り、スマホ操作は苦手ですが、基本的な日常生活にはほぼ支障はありません。長兄のお嫁さん(義姉)は、薬剤師でケアマネジャーの上、私の父が亡くなったのとほぼ同時期に長兄が交通事故に遭ったため、薬局経営も支える多忙な生活をしていました。次兄はきょうだいの中で一番頭が良くて、関東の有名国立大を卒業して有名企業を定年退職しています。姉はとても優しい人で、小さい頃から私の良き相談相手でした」

片岡さんと長兄は比較的実家の近くに住んでいたが、次兄と姉は関東で暮らしていた。それでも母親が97歳の誕生日を迎え、頻繁に微熱を出すようになると、次兄と姉も1ヶ月に1回は帰省し、実家に滞在することが増えた。そしていつしか次兄から、母親の施設入所の話が進められていた。

だが母親のケアマネジャーは「まだ一人住まいは続けられます」と言っていた。片岡さんも、母親が96歳の時に、ペースメーカーの埋め込み手術を受けて入院していた時を思い出し、「施設に入ると急激に老け込んでしまわないか。本当に自活できなくなってからでいいのではないか」と考えていた。

悩んだ片岡さんは、姉に電話で相談してみることにした。

「施設に入るのを少しでも遅らせるために、例えばお姉ちゃんの所にしばらくお母ちゃんが滞在するとか、選択肢の一つとして考えられないかなあ?」

当時、片岡さんの家には2年前から要介護3の義母が同居していたため、母親を滞在させることが難しかったのだ。

すると、優しかった姉から信じられない言葉が返ってきた。

「うちは無理! あんたとはお母ちゃんから受けた愛情の量が違うの! 私や下の兄さんは、上の兄さんやあんたほど母さんから愛情を受けていないの!」

片岡さんはびっくりしつつも、
「だからって、まだ一人で生活できるお母ちゃんをすぐに施設に入れてもいいの?」
と言うが、姉は取りつく島もなく、激しい言い合いになった。

「ずっと優しくて仲の良かった兄や姉が、まだ自活できている母を施設に入れてしまえるような冷たい人になっていてショックでした。姉のようなことを言い始めたら、私は成人式の振袖は姉のお下がりでしたし、姉の就職祝いにはアクセサリーを買ってもらっていましたが、私には何もありませんでした……」

関東で暮らす次兄と姉は、帰省するたびに施設入所の良い話ばかりを母親に囁き続け、母親もその気になってしまったようだ。

43歳で交通事故に遭った長兄は、その後遺症や薬局経営のため、きょうだい会議にあまり参加できずにいた。だが、ケアマネをしている長兄の妻が、「家も近いですし、私が通ってケアしますよ」と申し出ても、母親は「迷惑はかけられない」と言い、次兄と姉が勧める介護付き有料老人ホームに入ってしまった。

●4きょうだいが、母の介護を巡り対立していきます。後編【「一体、なにがしたかったのか」母の想いを無視した施設入所、葬式、遺産分割の末、家族に残されたものは?】にて、詳細をお届けします。