<前編のあらすじ>

里奈(47歳)は最近、大学生の息子の孝(20歳)が何を考えているのか分からなかった。家にはほとんど寄り付かず、バイトやサークルざんまいの日々を過ごしていて、里奈からの連絡も既読スルーをする始末。

父親は孝が中学生のときに交通事故で亡くなっていた。父親と仲の良かった孝は、父親ならばもっと腹を割って話すこともできたのかもしれない……と思うものの、里奈にはうまくできなかった。

そんな矢先、息子がピザ配達のバイトの途中で交通事故に遭ったと連絡が入った……。

●前編:「どれだけあなたのためにお金を使ってるか」連絡は既読スルー、帰りの遅い息子にシンママが放った「取り返しのつかない一言」

思い出す悪夢のような時間

6年前、洋祐が事故に遭ったと電話をもらったとき、里奈は仕事をしていた。電話先の看護師は、できるだけ早く病院に来るようにと念を押した。病院に駆けつけた里奈が声を掛けると、まるで到着を待っていたかのように息を引き取った――。そんな記憶が、里奈の脳裏を駆け巡っていた。

孝まで交通事故で失うことになってしまったら、もう何を目的に生きていけばいいのか分からない。病院についた里奈は看護師の後に続いて孝のもとへ向かう。心臓が早鐘を打ち、呼吸が浅く荒くなる。看護師に案内された部屋に入ると、簡易ベッドの上には腕にギプスをはめた孝の姿があった。こちらを見る孝を確認し、里奈はその場で泣き崩れた。安堵の涙だった。

落ち着くのを待っていた看護師に支えられ、用意された椅子に座る。そこから医師の話を涙を拭きながら聞く。腕を骨折しているが、入院の必要はないということだった。どうやら、孝はバイトで原付きを走らせているときに、運転を誤って転んでしまったらしい。誰かを傷つけたりしたわけでもないので、その点も本当に良かったと里奈は胸をなで下ろした。

「本当に良かった……」

落ち着いた里奈は孝の存在を確かめるように手を握った。最近の孝なら拒絶されていたはずだが、孝にその素振りは見えなかった。

「……あなたがもし、いなくなったらと思うと、もう本当に不安で」

里奈がそう声をかけるのだが、孝の表情は浮かなかった。

「それじゃ、……帰ろうか」

里奈は立ち上がり、孝のトートバッグを持ち上げる。バイト中の事故だったが、連絡を受けた店長が一足先に荷物を運んできてくれたらしく、大学のテキストに加えてバイトの着替えも詰め込まれたバッグはずっしりと重い。

「自分で持てるよ」

「いいからいいから。けが人は甘えてればいいの」

里奈は医師にもう一度礼を言って、病院を後にした。