<前編のあらすじ>
和寿(52歳)は、息子・晴樹(25歳)の結婚式の日、「今まで育ててくれてありがとう」と感謝の言葉をかけられる。幸せそうな姿にうれしくなり、父として息子へ祝いの言葉をかけた。
和寿自身の結婚は父に祝福してもらえなかった。実家は地方の地主家系で、見合い相手を無視して駆け落ち同然で妻と結婚したせいで、父は結婚式にも出席しなかったのだ。以来、父とは疎遠のままだった。
そんな父も現在は、認知症を患い老人ホームに入居していた。息子の結婚式で親子の絆を意識したせいか、ずっと会っていない父が今どうしているか気になったところ、妻の提案もあって、約30年ぶりに父に会いに行くことになった。
●前編:「30年来会っていない」結婚を反対され駆け落ち…今は老人ホームにいる父へ向けた「後悔しないための決断」
押し寄せる「もしもあの時」
家族連れが弾んだ笑顔で新幹線が来るのを待っている。その列の最後尾で、和寿は緊張しながら立っていた。
「顔怖いから。子どもがびっくりしちゃうでしょ」
実里はあきれた様子でため息を吐いている。だが、和寿には表情を緩めるような余裕はなかった。
シルバーウィークの3連休。敬老の日に合わせるのはあまりにも狙っているようで嫌だったので、土曜日の朝、実家に戻るための新幹線のチケットを取った。和寿は日帰りでいいと言ったが、実里は翌日観光したいところがあると言って聞かず、出張用に買っていた小さなスーツケースを引いている。新幹線が到着し、乗り込んだ和寿たちは指定席に腰かけた。
「……おやじとは話さなくていいからな?」
「またそれ? 私だってあいさつくらいさせてよ」
幸三の性格を和寿はよく分かっている。自分の思い通りにならないとすぐにかんしゃくを起こすのだ。思い通りにならなかった息子と、その息子をたぶらかした嫁。そんな2人が目の前に現れたら、どんな罵声を浴びせられるか分かったものではない。怒鳴られるのは自分だけで良い。実里は何一つ悪くないのだから。
新幹線は出発し、あっという間に幸三へと近づいていく。和寿は流れる景色を眺めながら、どうすればよかったのかと考えていた。縁談の話を持ちかけられたとき、しっかりと実里の存在を伝え、結婚を認めてもらえれば、幸三も結婚式に来てくれたかもしれない。そうすれば、こんなにも長い間、会わないような関係にはならずに済んだかもしれない。孫の顔も見られないことを幸三はどう思っているのだろうか。大して気にしてないのだろうか、それとも寂しいと思っているのだろうか。
考えても答えは出ず、代わりにすり寄ってきた睡魔が和寿の意識を絡め取っていった。