自慢の息子

そのとき、厳しい表情で立ち尽くす和寿の隣りに、実里が並んだ。

「初めまして。実里です。結婚のごあいさつ、こんなに遅くなってしまってすいません。……ほら、お義父(とう)さんにあいさつするんでしょ?」

「あ、ああ」

心のどこかで目の前にいるのが父だと認めたくなかった。こんなに弱々しい父の姿を見るのはつらかった。複雑な気持ちを抱えながら、和寿は膝を曲げて、幸三と目の高さを合わせた。

「父さん、久しぶり。和寿だよ。俺さ、今、実里と結婚して、幸せにやってるんだ。息子の晴樹がこの間、結婚してさ、みんな元気でやってるよ」

和寿はゆっくりとした口調で、現状を幸三に伝えた。しかし、幸三は顔をわずかに震わせながら、ブツブツと意味不明な言葉を並べ立てている。のれんに腕押しとはまさにこのことだ。こんなことなら、怒鳴られた方がまだマシだ。幸三が自分のことをどう思っているのかを知りたかった。しかし、それすらももうかなわないのだなと思い知らされる。

「ごめんね、聞こえてはいると思うんだけど……」

母は申し訳なさそうに眉尻を下げた。和寿はもう耐えられなかった。

「今日はもう帰ろう。移動で疲れたし」

実家に泊まるのは気が引けたので、和寿たちは近くでホテルを取っていた。

「……そうね。取りあえず、チェックインだけでも済ませましょうか」

もっと早くに来れば良かったと、押し寄せる後悔を感じながらうなずく。母は諦めきれないのか、幸三の肩に手をのせて話しかけていた。

「ほら、お父さん、和寿帰るって。分かる?」

和寿は自責の念に駆られながら、幸三に背中を向けた。

「和寿……」

扉に手をかけた瞬間だった。かすれているが懐かしい声で名前を呼ばれ、思わず振り返った。すると、さっきまで目の焦点が定まっていなかったはずの幸三と目が合った。

「父さん……?」

「なんだ、帰ってきてたのか?」

「ああ……! 帰ってきたんだよ! 父さん、俺、実里と結婚して、今はこうして幸せに暮らしてるんだ。息子の晴樹は、ついこの前、結婚したよ。みんな元気にやってるよ」

「そうか」

幸三は短く言った。表情は笑っているようにも、泣いているようにも見えた。

「今度、息子も連れてくるよ。俺にはあんまり似てないけど、実里に似て、これがけっこう2枚目でさ……」

ひとたび溶け出した氷山があっという間に崩れていくように、和寿の口からは驚くほどたくさんの言葉が滑らかに吐き出された、幸三は静かに話を聞きながらうなずいていたが、やがて視線はまたうつろになり、ぼそぼそと何かをつぶやき始めるようになった。

「なあ、父さん、聞いてるか? 俺だよ、和寿だ、なあ、父さん!」

和寿は必死になって呼びかけた。しかし幸三の目が再び和寿を映し出すことはなかった。

 

「なあ、母さん、また町内会の連中に、和寿を褒められたよ。あいつら、みんなそろって和寿を立派だ、立派だって言いやがる。俺ぁ鼻が高ぇよ」

ほうけた表情で、幸三は言葉を発した。

目からこぼれた涙が一筋、皺(しわ)だらけの頰を流れていった。

複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。