テレビから流れるバラエティー番組の笑い声がしらじらしい。カラフルなセットで楽しそうに話しているテレビのなかのタレントたちとは打って変わって、昌子たちが囲む食卓には暗く重たい空気が漂っていた。
義母の初江は不機嫌そうな表情でみそ汁をすする。夫の禮司は眉間に皺(しわ)を寄せたまま、何かを確かめるみたいに白米をかんでいる。元々、口数の多い家族ではなかったが、それでも昌子が24歳のときに嫁いできてから25年、ここまで食卓が暗いことはなかった。
理由はもちろん、米の不作だ。荻原家は代々農家をやっている家で、昌子が嫁いできたときは義父が主導で米作りを行っていた。3年前に義父が亡くなってからは、禮司が家長となり、米作りを引き継いだ。もともと大きくもうかっているわけでもなく、家計はいつも火の車だったが、昨年から続く猛暑による米の不作は昌子たちを本格的に追いつめていた。
不作の原因は高温障害。高温障害とは、稲の吸水が蒸散に追いつかず、しおれて枯れてしまう障害のことで、日中は35度、夜間も30度を超える暑い日々が長く続いたことで、稲の多くが育たなかった。いつもなら田んぼ一面に黄金の稲穂が広がっている時期だったが、今年は全体的に枯れた茶色が目立っていた。このまま収穫しても、例年の半分くらいしか米を出荷することができないだろう。
「どうするんだい。このままじゃ、私たちは冬を越えられないよ」
いら立った初江がぶぜんとした表情のまま、疑問を投げかける。
「……別に蓄えはあるんだから、今年の冬くらい越えられるよ。大げさに言うなって」
禮司は煩わしそうに答えた。義父は家のなかで絶対的な存在だった。その義父が亡くなって禮司は家長を引き継いだわけだが、義父には一切口出ししなかった初江がああでもないこうでもない、お父さんはこうやっていたなどと、禮司のやり方に口を出すようになった。それからというもの、家のなかはずっと険悪だった。
昌子はバレないようにため息を吐く。険悪な2人のあいだに割って入る権利も勇気も、昌子にはない。吐いた息は行き場なく迷子になりながら、居間の隅に追いやられていった。