酷暑による不作
家の掃除をして玄関の草をむしる。掃除を始める前に回しておいた洗濯機から洗った洋服を取り出して庭に干していく。午後は車を使って町まで買い物に出なければいけない。稲作の手伝いはもちろんだが、それ以外の家事をやることもまた、昌子の仕事だった。
「何やってるの?」
鋭い声がして、昌子は干したシーツの向こう側をのぞき込む。くたびれたもんぺをはき、土と汗に汚れた初江が厳しい顔つきで立っていた。
「え? あの、洗濯物を干しているんですけど……?」
初江はいら立った様子だったが、昌子には何が怒りを買ったのか分からなかった。
「今、米がどういう状況か分かってんのかい? ただでさえ米が育ってないんだ。 これ以上、米になにかあったら全滅する可能性もあるんだよ? それなのに、あんたはどうしてそうボサッとしてられるのかね」
「……お義母(かあ)さんは何をされるおつもりですか?」
「雑草取りに決まってるだろ⁉ ちょっとでも稲を守らないといけないって気持ちがあんたにはないのかい⁉」
声を荒らげた初江に対し、昌子は内心でため息を吐く。厳しく当たってくる初江は理不尽だ。今更雑草をむしったところで稲の高温障害は治らないし、収穫高が増えることもない。そもそも田んぼには事前に除草剤をまいているから、雑草はほとんど生えていないだろう。もちろん昌子が怒鳴りつけられるいわれだってどこにもない。
だが、初江の気持ちはこの25年、間近で見てきていたからよく分かる。雨の日も風の日も、初江は熱心に田んぼと稲のことを考えて生活してきた。主導権を握っていたのは義父だったが、縁の下で家を支えていたのは間違いなく初江だ。だからこそ、酷暑なんていう理不尽な理由で、努力が台無しにされることに我慢がならないのだろう。
「……すいません、でも今日お買い物に行かないと、卵とかトイレットペーパーが切れちゃうんです。買い物から戻り次第、私も雑草取りに参加しますから」
初江はそれ以上何も言ってこず、早足で田んぼへと向かっていった。そんな初江の背中を見て、昌子はため息をつく。きっと居ても立ってもいられないのだろう。
9月も終盤だというのに嫌がらせのようにじりじりと日光を放ち続ける太陽に、無性に腹が立った。