<前編のあらすじ>

コメ農家に嫁いだ昌子(49歳)は義母の初江(80歳)から理不尽に厳しく当たられていた。昨年からの猛暑の影響により、例年ならば一面黄金に実っているはずの田んぼに今年は枯れた茶色が目立ち、近年まれにみる不作に直面していたからだった。

夫の実家である米農家に嫁いできてから25年、こんなことは初めてだった。普段から昌子に冷たく当たり、こき使ってくる初江の態度は、不作のいら立ちからより厳しいものになっていき、生活の不安も増すばかりだった。

そんな折、夕食どきに義母が試行錯誤して作り上げたみそを使ったみそ汁を飲んでいるときに「あるアイデア」が昌子に降りてきた。

●前編:「私たちは冬を越えられない」コメ農家に嫁いで25年目の不作…理不尽に当たってくる義母を見て思いついた「逆境を乗り越える方法」

素人の造ったみそが売れるわけない

昌子はすぐに初江と禮司を居間に集め、思いついたアイデアを伝えることにした。

「お義母(かあ)さんが作ったこのおみそ、本当においしいですし、お米にも抜群に合いますよね」

「うん、確かに。おふくろがずっとこだわって作ってきたやつだしな」

「それが何なんだよ? 話って言うのは、みそを褒めることかい?」
初江に聞かれ、昌子は首を横に振る。

「いいえ、違います。このみそを使って商売をしませんかという話です」

昌子の提案に、初江はあきれたように鼻を鳴らす。

「ばかばかしい。こんな素人の造ったみそが売れるわけないでしょ? 見ず知らずの素人が造ったみそなんて誰が買うんだよ?」

「みそを売るんじゃありません。みそを使った商品を売るんです」

今度は禮司が眉をひそめる。

「商品? でも、俺たちにそんなの作れるわけないだろ? うちは農家で、食品加工みたいなことはやってないんだから」

「でもほら、昔、お義父(とう)さんがおせんべいを作ってくれたことあったじゃない。お塩で食べるように言ってたけど、このみそをつけてもおいしいと思うのよ」

義父はまだ元気だった頃、米を使ってせんべいを作ってくれた。基本的に台所に立つのは昌子や初江だったが、せんべい作りのときだけは義父が台所で腕を振るった。ふんわりと甘いせんべいの味を、昌子は忘れたことがなかった。

「どうですか? 私、みそせんべいとして売り出せば、人気が出ると思うんですよ」

しかし2人の反応は芳しくなかった。

「あのね、昌子さん。毎回、夫がせんべいを作ってたのは、余った米を処分するためだっただろう。今はどうだい、米なんて一粒も余っちゃいないだろう」

「くず米を使うんです」

昌子のひと言は、重くよどんだ空気のしみついた居間に凛(りん)と響いた。

「くず米ですよ。毎年、二束三文で売ったり、倉庫で眠らせてたりするじゃないですか。あれを再利用して、せんべいを作るんです。それなら、問題ないですよね?」

くず米とは、田んぼで収穫したお米を精米する過程で、ふるいにかけたり選別機からはじかれたりして落ちた粒の小さいお米や欠けたりしたお米のことだ。

「くず米か……。その手があったな……」

禮司が腕を組んでうなる。禮司の反応は前向きなものに変わりつつあった。しかし、初江の態度はかたくなだった。

「そんなのダメに決まってるだろ⁉ あんなのは売りもんじゃないんだよ。売れないものを人さまに提供するなんて、私は絶対に嫌だね」

初江の反応は予想通りでもあった。実は、一昨年、くず米の取り扱いについて禮司と初江は言い争いをしていた。

一時期、訳あり商品という名称で、形が崩れたり、型が古い商品が売れるというブームがあった。正規よりも安く買えるということで、購入者が続出したのだが、くず米も同じように訳あり商品として売れるという話を禮司が聞きつけ、販売しようとした。しかし、初江は先ほどと同様に、売りものにならないと、禮司の提案を却下した。その時は豊作だったこともあり、わざわざ無理に売らなくてもいいということで、禮司が折れて話が終わっていた。

「あんなものを売るなんて、ご先祖さまに顔向けができない! 荻原家に泥を塗る行為だよ! 絶対にそんなことは許さないからね!」

「もちろん、米自体は売りものにならないのかもしれません。でも、くず米は小さかったり欠けていたりするだけで、丁寧に育てたお米であることに変わりはないですよね? 味は同じじゃないですか。うちの米の優しい甘みは、くず米でも同じはずです」

昌子の説得に追随するように、禮司も口を開く。

「母さん、今のまま、米を売ってるだけじゃジリ貧だよ。この猛暑がいつまで続くか分からない。もしかしたら、ずっと日本の夏は酷暑になるかもしれないんだ。だから、何か新しいことをさせてくれ。失敗したり、味が悪かったら販売しない。取りあえず、作るのだけは許してくれよ」
禮司の懇願に、初江は唇をかむ。現状から何かを変えなきゃいけないということは、初江も理解しているようだった。

「……味次第だよ。味がダメだったら、絶対に売らせないからね」