麻美には毎朝、起きたあと必ず行うルーティンがある。それは、リビングのカーテンを開けて、窓の外の景色を眺めること。いろいろなマンションを内見したが、この港区のマンションにして本当に良かったと思う。

レインボーブリッジを多くの車が行き交っている。彼らは時間に追われ、仕事をしているのだ。あくせく働いている人たちに見せつけるように麻美はゆっくりとコーヒーを入れ、スマホを見ながら、コーヒーの香りを楽しんでいた。

「またベランダか? 麻美はほんとにここからの景色が好きなんだな」

声が聞こえて振り返ると、夫の宗尊が起きてきていた。現在、48歳で貿易などを行う総合商社に勤め、一昨年に同期を差しおいて部長へと昇進している。今年で結婚9年目だが、麻美は本当に宗尊を選んで良かったと思っている。麻美よりも14歳上で、年齢の点だけは引っかかったが、それでも、将来性を見込んで結婚を決めたのは間違いではなかった。

宗尊は転勤が多く、購入を嫌がったため賃貸だが、いざ転勤となれば宗尊だけを送り出してしまえばいいと、麻美は思っていた。

「おはよう、コーヒー、飲む?」

「ああ、ありがとう。俺、顔を洗ってくる」

麻美は洗面台へ向かう宗尊を見送って、コーヒーを入れる。もちろん窓の景色が映り込むように写真を撮ることも忘れない。タワマンに引っ越してから、Instagramで頻繁に写真を投稿するようになった。今、自分がどれだけ良い暮らしをしているのかを皆に知ってほしかったのだ。決して、フォロワーが多いわけではないが、コメント欄には麻美をうらやむコメントやいいねがついている。

「毎日、毎日、よく飽きないね?」

顔を洗って戻ってきた宗尊は、コーヒーを受け取りながら言う。少し棘のある物言いだが、麻美は気にしない。

「一応ね、使命感みたいなのもあるから」

「……使命感?」

「うん。けっこう反響いいのよ。みんな、どれだけ望んだってけっきょくこんな暮らしはできないじゃない。だから、私の投稿を見て、少しでも自分がいい暮らしを味わってる気分になりたいのよ。だから幸せのお裾分けをしてあげないとと思ってね」

宗尊は何も言わずコーヒーを口に含む。ゆっくりと吐き出す息が、穏やかで優雅な朝に溶けていくのを、麻美は満足げに眺めていた。