義母とのバトル
職場に復帰をすると、周りの社員たちは皆気遣ってくれた。とはいえ、周りに甘え続けるわけにもいかなかった。すぐに休んでた分を取り返さないといけないと思い、由美穂は仕事に取り掛かった。
休んでいるあいだの経理の仕事については、修司が愛子に頼んでくれていたので、まずはその確認に取り掛かる。パソコンを立ち上げて、手が止まった。
「……なによこれ?」
パソコンに打ち込まれていたのは全く理解できないお金の流れだった。何がどう間違っているのか、由美穂は最初理解できず、頭が真っ白になった。
しかしすぐにこれが単式簿記の書き方をしていると理解する。由美穂の会計ソフトは複式簿記の入力をしないといけないので、数値がメチャクチャになってしまったのだ。
由美穂はデータを洗い直し、複式に変えた数値を入力をしていく。愛子の間違いは由美穂が休んでいた分、かなりの量だった。
とはいえそのままにしておくわけにもいかない。お金の流れが間違っていれば、工場の経営にも当然大きな影響が出てしまう。由美穂はキーボードをたたき続けた。
「あなた、何をやってるの?」
いきなり声をかけられて振り返ると、背後に不満そうな顔の愛子が立っていた。
どうして今日に限って家でだらだらテレビを見ていないのかと、由美穂は天を仰ぎたかった。タイミングは最悪だ。
「……いえ、えっと」
なんと説明したものかと口ごもっていると、愛子が露骨に舌打ちをする。
「なんで私が記入した帳簿を全部書き換えてるのって聞いてんのよ?」
「いえ、ちょっとだけ、内容に誤りがありまして…」
「そんなわけないじゃない! 自分が休んでたっていう事実をもみ消したいだけでしょ! ただ事務所に居座ってるだけのくせして、そんなプライドだけはあるなんて! ほんとあんたはうちの厄介者ね!」
由美穂は拳を握りしめた。居座ってるだけと言われたことに腹が立った。
とはいえ普段なら、笑顔でやり過ごすことができただろう。しかしミスを尻ぬぐいしてやっているんだという気持ちが、由美穂の怒りにまきをくべた。
「お義母(かあ)さんのほうこそ! 家にいるだけのくせに、いつもでかい顔されて、こっちだって迷惑してるんですよ!」
由美穂に反論されたことが予想外だったのか、愛子は一瞬目を見開き、そして激高した。
「嫁いできた分際で、何を偉そうなこと言ってんだ! このグズが!」
「グズはそっちでしょ!」
愛子が持っていたフェルトペンを由美穂へ投げつける。フェルトペンは額に当たり、由美穂は愛子の手首を強くつかんだ。
2人の言い争いに気付いた従業員が、事務所へと駆け込んでくる。しかし愛子の罵倒は止まらなかった。
「どうせあんたなんてお父さんに色目でも使ったんだろう! あぁ汚らわしい!!」
誰が、あんなやつに色目使うか!
由美穂は叫びたくなった。しかし由美穂より先に、雷鳴のような怒号が事務所に轟(とどろ)いた。