<前編のあらすじ>
公平(35歳)は不仲だった実家の父親と久しぶりに山へ登ることになった。不本意だったが、継母・亜紀の『もう年だから、最後に1度くらい息子と一緒に登りたいんじゃないかな』という言葉に背中を押されたのだ。
登山中、慣れない公平に手を貸そうとした父の手を振り払おうとして、公平は山の斜面をすべり落ちてしまう。助けようとした父も落ちてしまい、2人は雨の山中でひと晩を過ごすことになってしまった……。
●「山をなめるんじゃない」不仲の父子が行方不明に…熟練者の父でも遭難した「突発的なアクシデント」
洞窟で救助隊を待つ父子
「公平、ここにいたら、体温を奪われる。向こうに洞窟があったから、そこに移動しよう」
博義の言葉に公平ははっとする。恐らく1人でいたら、恐怖のためにわめき散らしていただろう。断れば良かった。こんなところ来るんじゃなかった。しかしそんな弱音を博義に聞かれるのだけは絶対に嫌だった。
公平は痛みにうずく体で立ち上がり、洞窟の中に入った。雨はこれでしのげる。しかし本当に雨をしのげるだけだ。
ぬれた体を風が通り抜ける度に体温が下がっていく。山はこれほどまでに寒いのかと思い知る。昨日は残暑が厳しく、半袖で過ごしていたはずだ。
しかし山はもうすっかり寒い季節になっていた。
「救助隊には連絡をしておいたよ」
「……どうやって? ここ圏外のはずだけど」
「衛星通できる端末があるんだ。それを使えば、圏外でも簡単な連絡ならできる」
公平は大きく息をはいた。取りあえず命の心配がなくなったことが分かった途端、睡魔が忍び寄ってくる。家に帰ったら、おでんとビールを飲もう。公平はあくびをしながら、そんなことをのんきに考えていた。
しかし事態はそんな甘くない。
「恐らく救助隊が来るのは朝になる」
「えっ……何で? すぐに来るんじゃないの?」
「もう日が落ちている。どれだけプロといえど、夜の山での捜索と救助は困難だ。だから俺たちは朝を待つしかない」
「マジかよ」
公平は自分の肩を抱いた。雨にぬれてしまったせいか、恐ろしいほどに寒かった。
もっとしっかり山の情報を調べておけば良かったと後悔する。父との登山という気が重くなるイベントから目をそらしたくて、何も勉強をしてこなかったのがあだになっていた。
「これを着なさい。少しはマシになるだろう」
博義がおもむろにアウターを脱いで、差し出していた。
「いや、でも……あんたが寒いだろ」
「俺は下に着込んでいる。一晩くらいなら問題ない」
公平はそのアウターを受け取った。博義のぬくもりもあって、寒さはかなりマシになった。身を寄せ合って、寒さから身体を守った。普段なら絶対に嫌がるところだが、この状況ではそんなことも言ってられなかった。
完全に日が暮れると、博義はかばんから登山用のライトを取り出して2人の間に置いた。光があるだけで、だいぶ心が安らいだ。
「……悪かったな。無理やり連れてきて」
博義が突然、謝ってきた。
「いいよ、別に……。今更どうにもなんねえし。だけど、何で、俺のことを誘ったんだよ」
博義は目を細めながら、洞窟の壁を見ていた。
「お前と、ちゃんと話がしたかったんだが、どう接していいのか分からなかった。それで山登りをしながら、タイミングを見て、切り出そうと思っていたんだ」
「……話って何だよ」
「母さんのことだ」
博義がそう言った瞬間、遭難という状況にすっかりなえていた怒りがまた沸騰しだした。
「……どっちの?」
薄く笑った公平は嫌みっぽくそう言った。博義の表情が厳しくなった。