突然おそった異変
朝は出社時間の1時間前に起きる。身支度を調えて、朝食を作る。結婚してから20年以上、変わらない習慣だった。
しかし今日は、顔を洗う気すら起きなかった。取りあえず、体を起こし、強引にリビングへと向かったが、時計代わりのテレビで朝の情報番組をつけたところでソファの上から動けなくなった。
何もやる気が起きない。こんなことは初めてだった。
ニュースでは五月病の特集をしていた。やる気が起きない。朝起きられない。動きたくない。まるで今の自分を指摘されているようだった。
(私が、五月病……?)
佳保はふとよぎった考えを振り払って立ち上がる。
五月病なんて怠け者のいいわけだ。私はそんなものには絶対にならない。
新卒から25年働いて、ようやく課長になったのだ。今が頑張り時だと自分自身にむちをたたき続けるほかにない。
重たい身体を引きずって、いつもと同じ時間の電車に乗る。通勤電車はいつも満員だ。押されたり、流されたりしながら、じっと耐え、会社の最寄り駅へと向かう。気温が上がってきたせいか、車内は暑く、佳保の額にはじっとりと粘つく汗が浮かんだ。
毎日通り過ぎるなじみの駅名がアナウンスされる。
それを聞いた瞬間、動悸(どうき)が激しくなる。まるで、体内で誰かが太鼓をたたいているようだった。呼吸も苦しくなり、視界も狭まる。
電車の音が全く聞こえず、自分がどこにいるのかも分からなかった。
そのまま耐えていると、目の前のドアが開く。佳保は逃げ出すように電車から降り、一目散にベンチに座り、何とか呼吸を整えようとした。
しかし鼓動は収まらず、身体はしびれたように動かなかった。暑いのか寒いのかも分からず、全身は汗で湿っているのに震えが止まらなかった。
異変を察知した駅員が声をかけてくれるまで、佳保は目の前を通り過ぎていく電車を何本も見送り続けた。
●佳保の精神は無意識のうちに悲鳴をあげているのかもしれない。 自身で気づくことはできるのだろうか……? 後編【男女格差を「気合と根性」で埋めたあげく適応障害に…令和の女性管理職が「5月病を克服できたコツ」】にて、詳細をお届けします。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。