ある事件
職員室で雑務をこなしていると、同僚の保育士が慌てて弥生を呼びに来た。どうやらけんかが起こったらしい。急いで教室に向かうと、武がワンワン泣いていた。腕をすりむいたようで、美和子が消毒をしている。
「どうしたの?」
「亮くんが突き飛ばしちゃったみたいなんです」
亮は少し離れたところで、鋭い視線でこちらを見ていた。
弥生はすぐに亮を教室から外に出し、話を聞いた。けんかの原因はオモチャの取り合いらしいことが分かる。
こういう場合は頭ごなしに強い口調でしかってはいけない。きちんと亮の気持ちを知ることが大事だ。
「何で押しちゃったんだろう?」
「……おもちゃとられたから」
「そっかぁ、それはイヤだったね」
「うん」
「でもね、武くんすごく痛かったんじゃないかな?」
「うん」
こうやって対話を続け、仲直りに持って行く。無理やり謝らせるなんてことは絶対にしてはいけない。美和子も武と話をしてくれたことで、2人はすぐに仲直りをしてくれた。
しかしそれ以外にもやらなければいけないことはある。保護者への説明だ。
1番の懸念事項は武の親だったが、きちんと説明をすると、すぐに理解をしてくれた。問題があったのは亮の母親、涼香のほうだった。