仕事に身が入らないゆえのミス
繁忙期は過ぎたものの、お客さんが誰も来ない日というのは基本的にない。今日、久保田は1人のお客さんを賃貸マンションに案内することになっていた。いわゆる内見というやつだ。昼過ぎにお客さんが来店すると、久保田は営業車でお客さんをマンションに案内した。転職で地方から都内に引っ越すという若い女性で、転職先の会社まで乗り換えなしで通勤できるこの物件の4階の部屋が気になっているという。
事前にマンションのオーナーから受け取った鍵を開けて部屋に入ろうとしたが、なぜかドアが開かない。どうやら、オーナーが間違えて別の部屋の鍵を渡したようだ。慌ててオーナーに電話したがつながらず、結局お客さんにその部屋を見てもらうことができなかった。
クレームになるのではないかと危惧したが、階数は違うものの、その物件の同じ間取りの部屋を見てもらうことができたし、お客さんはあまり気にしていないようで安心した。
お客さんが帰ったあと、久保田は例の物件のオーナーに再度電話をした。部屋の鍵を間違えたことに対して軽く文句でも言ってやろうと思っていたが、文句を言われたのは久保田の方だった。
「久保田さん、205号室って言ったよ」
「え? 405号室ってお伝えしませんでしたっけ?」
慌てて手帳をめくると、オーナーに電話した日のページに「205号室を希望」とたしかに書き残されていた。お客さんは4階の部屋を希望していたのに、自分の勘違いでオーナーに違う部屋を伝えていたのだ。
「うわ、これは僕のミスですね。本当に申し訳ありません!」
さすがに謝るしかなかった。
「分かってくれたならいいよ。これからは気を付けてね」
「いや、本当に申し訳ありません」
電話を切り、深いため息をついた。まるで1年目の新人がやるようなミスをしてしまった。お客さんに迷惑をかけただけではなく、オーナーとの信頼関係も壊してしまうところだった。そういえば、最近の自分はつまらないミスが多い。やっぱり、お笑いの世界に戻りたいという気持ちがあるせいだろうか……。
自己嫌悪に陥っていると、背中に視線を感じた。後ろを振り返ると、そこに社長が立っている。
「久保田、ちょっといいか」
いつも笑顔を絶やさない社長がいつになく真剣な顔をしていた。
●久保田には夢と現実の折り合いをつける“決断”ができるのだろうか。 後編【手取りが18万円に減っても…仕事に集中できない社員への“意外な提案”とは】にて、詳細をお届けします。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。