飛び立った才能
それから昭人は漫画に今までよりも時間を割くようになった。
しかし勉強の時間もしっかりと確保し、成績自体が下がるようなこともない。これはきっと憲史のプライドを守るためにやっていることなのだろうなと麻紀は思っていた。
とはいえ、憲史は現状を面白く思ってないようだ。実際に何度か勉強をさせるように言われたことがあったのだ。
そんなあるとき、麻紀はリビングで一枚の紙を見せた。
それは漫画誌の切り抜き。
「……何だよ? 」
「この佳作の漫画、昭人が描いたんだよ」
麻紀がそう言うと、憲史は言葉を失っていた。
「あの子は才能があるの。中学生でこんな賞をとるなんてなかなかないことなんだって」
憲史はその切り抜きを食い入るように見つめていた。
「今度ね、東京にあるその出版社で受賞パーティーがあるから、そこに昭人と一緒に行ってきます。あなたはどうする?」
麻紀の質問に憲史は黙って首を横に振る。
「そう。あの子ねこれから編集者の人がついて、サポートをしてくれるって言ってるわ。私も昭人を応援するつもりだから」
麻紀ははっきりと自分の気持ちを憲史に伝える。
憲史は肩を振るわせながら、切り抜きを握りつぶしていた。単なる怒りではなく、そこには悔しさや後悔のようなものが見えた。
そんな憲史を残して麻紀はリビングを出る。
そしてこれ以降、憲史が昭人に対して勉強のことを言うことはなくなった。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。