両者一歩も引かず荒れる話し合い
そこからの話し合いは荒れに荒れた。
「親の意向を分かってて無視するのか?」
「遺言書の有効性なんて些細な問題だろ!」
と声を荒らげる信人さん。対する裕美さんも一歩も引かない。
「お兄ちゃんはお金に困ってないじゃない!」
「完成してない遺言書なんてないのと一緒じゃん!」
両者とも声を荒らげて意見を押し付け合う。声を抑えて冷静に話し合えている場面もあるがすぐにヒートアップする。もともと私は松井さんにお世話になっていた。2人とは行政書士の資格を取得する前から地域のつながりで親交がある。長年付き合いがあるが、ここまで鬼の形相になる2人は見たことがなく本当に驚いた。
彼らに仲裁役として頼まれて間に入り、プライベートで何度か話し合いに同席したが全くの平行線で話の進まない日々が続いていた。
かつて関係良好だった2人は今や……
最終的に信人さんと裕美さんは平等に5:5で遺産を分け合うことでまとまった。裕美さんの家庭が抱える金銭的な事情を加味してとのことだった。
結局、松井さんの作成された自筆証書遺言は無効なもので意味をなさなかった。むしろ争いの火種となっただけの結果になってしまった。
自筆証書遺言は手書きで作らなければならない。例外的に財産の一覧を記載する財産目録のみ、手書きでないことを許されているに過ぎない。
すべてを自署して作成して最後に押印までしてようやく完成である。手書きでない部分があったり、押印もされていなかったりするものは無効な遺言書となってしまう。
遺言書を作成する場合、多くの場合は自筆証書遺言となるだろう。自筆証書遺言は簡単に作成できる。だが、手書きでないという1点のみをもって簡単に無効となり、遺言書として成立しない。
あれ以来、信人さんと裕美さんは疎遠となってしまった。数年たった今でも疎遠のままだという。おそらく関係の修復にはかなりの時間がかかる。
このように、遺言書が存在してもそれが無効とあれば今回の松井さん一家のようにトラブルが起きて悲しい結果に終わることになりかねない。自筆証書遺言を作るのであれば、手書きでなくとも許されるのは財産目録のみ。このことをしっかりと頭に入れておこう。遺言書はときに遺族の関係性を大きく変えてしまうこともあるのだから。
※登場人物の名前はすべて仮名です
※プライバシー保護のため、内容を一部脚色しています