いい年してレジ打ちとか終わってるな
コンビニでのアルバイトを始めて3カ月程たった日のことだった。間宮は珍しく夜のシフトを担当した。夜勤は生活リズムがおかしくなるので避けていたのだが、夜のシフトを担当している学生アルバイトが風邪をひいてしまったため、店長に懇願されて1日だけやることになった。繁華街にある店ではないので、夜になると客足も減り、店内に客が誰もいない時間が少なくない。
『夜勤はお客さんも少ないし、意外と悪くないかもな』
そんなことを考えていると、スーツを着た男性客が入ってきた。酔っぱらっているのか、足元がフラフラしている。男性客はミネラルウオーターを手に取ると、レジに向かってきた。その時、間宮はその客がかつて同僚だった鈴木であることに気が付いた。人付き合いの良い男だから、取引先と飲んだりした帰りなのだろう。
鈴木はドン! とたたきつけるようにミネラルウオーターをカウンターに置いた。酔っぱらっているせいか、目の前にいるのが間宮だとは気付いていないようだった。店内で吐かれたら面倒くさいし、すぐに出て行ってもらおう。
「お会計、110円です」
酔っている鈴木に価格を伝えると、なぜか舌打ちをされ、100円玉と10円玉を放り投げられた。赤い顔をした鈴木はにやにや笑っている。
「おっさん、いい年してレジ打ちとか終わってるな」
そう言い捨てると、鈴木はフラフラとした足取りのままレシートも受け取らずに店の外に出て行った。
間宮は自分がぎゅっと拳を握りしめていることに気が付いた。こんな屈辱的な思いをしたのは久しぶりだった。まさか、小説家デビューの夢がかなった後にこんな思いをするなんて想像もしていなかった。鈴木は、レジ打ちをしているのが間宮だとは気付いていないようだった。ただ単に「いい年をしたおっさん」がレジ打ちをしているのがおかしくて、あんな暴言を吐いたのだ。会社では愛想の良い男だったが、これが本性なのだろう。間宮は屈辱を感じると同時に、人が心の中に隠している悪意にたいして恐怖を感じた。