運命を変えるきっかけとなった占い師との出会い

隆平の暴力は一度だけではなかった。ささいなことで――特に自分の思い通りにいかないことがあると声を荒げ、椅子や机を蹴った。小枝子にまで直接的な暴力が及ぶことはそれほど多くはなかったが、一度火がつくと手がつけられず、立てなくなるくらいまで殴られた。そして隆平は暴れたあと、決まって小枝子を抱きしめ、目に涙を浮かべながら乱れた髪を手櫛(ぐし)でとかしてくれた。

「ごめんな、小枝子。ごめんな」

そうやって謝られると、小枝子はなぜか隆平に何も言えなくなってしまう。手を添えた隆平の、私とは違って骨ばった肩は小刻みに震えていた。

小枝子の痛む身体を、どこか暗い場所へ落ちていくような感覚が満たしていた。

次の休み、小枝子は隆平が休日出勤に出るのを見送ってから、表参道へ向かった。

目的地はメインの通りから一本横道に入ったところにあるマンション。小枝子は4階まで階段を上がり、インターホンを押さずに中へと入る。

扉を開けると、嗅いだことのない香の匂いが小枝子の全身を包んだ。甘いような、つらいような、どこか懐かしい香りはここへ訪れることに少なからず緊張していた小枝子の気持ちを和らげた。

部屋の内装は壁も床もすべて濃い紫色で、壁にはおどろおどろしい絵や鹿のような動物のされこうべが飾られていた。廊下を進むと受付のようなスペースがあり、カウンターには黒装束の女性が座っている。小枝子はその女性に名前を伝え、ソファに腰かけてしばらく待っていると奥の部屋へと案内された。より濃密になった香の匂いの中心で、占い師・運命坂(さだめざか)ひじりが待っていた。

「よろしくお願いします」

小枝子は机を挟んだ向かいに腰かける。

仕事の休憩中、気晴らしに読んでいた雑誌のなかに、小枝子は運命坂のコラムを見つけた。読者の悩みに答える形式で書かれたコラムだ。

「最近、なにか恐ろしいことがおありになったのですね」

運命坂が切り出す。

占いにはいくつかの流派というか手法があるが、運命坂はオーラとタロットカードを用いるオリジナルのスタイルで占いをする。小枝子は運命坂が自分のオーラからすでに何かを感じ取ったのだと思った。

「それはきっと人間関係……家族に関わることですね?」

「はい。どうしてお分かりになるんですか?」

「あなたのオーラが私にそう教えてくれるのです。……そうですね、オーラのなかに男性の影が見えます」

「はい、夫のことで悩んでいて……」

「そうですよね。分かっています。ですが無理をしてはいけません。抱え込むことで負のオーラがあなたのなかに滞留してしまうことになるでしょう」

小枝子は前のめりになった。運命坂の前で隠し事はできない。私のすべてをオーラで見抜き、この悩みに寄り添ってくれる。

「どうすればいいのでしょう?」

「まずは距離を置くのが一番です。それは物理的な距離もそうですが、心理的な距離も同じです。近すぎるからこそ衝突し、摩擦が起きてしまうのです。距離を置くことができれば、一気に未来が開けるとオーラに見えています」