深夜帯のバイトが睡眠時間を削る

美月も9月公演に向けた稽古が始まった6月の下旬から本公演の稽古を見学するようになったが、それによって夜間のアルバイトができなくなった。多少の蓄えはあったが、みるみるうちに貯金は減っていった。9月の公演が始まると、研究生の授業は休みになった。地方公演については、研究生は同行しないため、9月の後半は少し遅めの夏休みのようになった。この間に、美月は生活環境を抜本的に見直した。アルバイトは、カラオケ店で午後10時以降の深夜帯にした。夜中の1時まで3時間の仕事だったが、深夜帯のため、6時から5時間働くことと同じくらいの収入になった。また、家賃の安い部屋に移った。バスタブ付きの浴室がなくなり、シャワーだけになったが、暮らしを継続するためには我慢するしかなかった。

美月は、深夜帯のアルバイトを始めてから自身の体力の限界を感じていた。毎日午前2時頃に寝て、翌朝7時には起きて研究所に通うという生活だった。研究所では朝の1時間マラソンが日課になっていたため、出所後に研究生と一緒に決められたコースを走るのが苦痛で仕方なかった。それでも、その生活によって『クイーン』の本公演に同行できるようにもなった。劇団員とも親しく会話するようになり、劇団の一員になったという思いが強くなった。そんな生活にも慣れ、入所から1年がたとうとした3月に、美月は優花とともに、授業が終わった後で、久美子の部屋に来るようにという呼び出しを受けたのだった。

久美子は、「あなたたちはすごくいいものを持っている。このまま続けていけば、さくらや私のように、いずれ役者として認められると思う。ただ、それは来年かもしれないし、20年後、30年後かもしれない。その覚悟はある?」――久美子の言葉は、優しく語りかけてくれていたものの、その内容は断固としたものだった。2人は、研究所の2年目に進級することが認められた。授業料は2年目からは無料になる。また、公演の際に役者の1人として加えてもらえるチャンスもある。立場こそ研究生だが、劇団員の1人として迎えられたも同じだった。そこで、劇団を主宰する久美子は、2人を迎え入れるにあたって、改めて2人の意志を確認したのだった。この久美子の言葉が美月を追い詰めることになる……。

●美月は立ちはだかる障害を乗り越えて夢をかなえる事ができるのか? 後編【夢をかなえるために「パパ活」はアリ? 19歳劇団女優が出した答え】にて、詳細をお届けします。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

文/風間 浩