家族の課題を次々解決した田中さんの手腕

そこから先の田中さんの仕事ぶりはまさしくプロフェッショナルでした。母のケアマネジャーさんと連携してグループホームへの入居を決めると、私が兄と探し出した母の通帳や保険証券などから金融資産を割り出しました。

母はよほど兄のことが心配だったのでしょう。自分の年金が下りる度に少しずつ兄名義の通帳に移し替えていて、その残額が300万円近くになっていました。兄も母からその話は聞いていましたが、当面の生活には困らないことが分かり、ほっとしたようでした。

そして、田中さんから「親の援助はここまでです。あとは自分の足で立つことを考えてください。あなたにはその能力があるはずですよ」と励まされ、田中さんが紹介してくれたNPO法人の支援を受けて社会復帰を目指すことになったのです。

恐らくは兄自身も「このままではいけない」という危機感を抱いていて、物心ともに支えになっていた母の施設入居が現状を変える大きなきっかけになったのだと思います。とはいえ、25年も引きこもり続けた兄の背中を大きく押してくれたのは間違いなく田中さんでした。

幼少時から“俺様”で世間知らずの兄は、同世代の田中さんの容赦ない物言いに気おされ気味で、「はい」「分かりました」と言いなりになっている姿を見るのは少々小気味よくもありました。

田中さんは他にも、低料金の家の片付け業者を紹介してくれたり、ほとんど料理をしたことのない兄のために配食サービスを探してくれたりしました。その都度口にされたのが、「あなたが手を出さないことが、お兄さんの自立のためになるんですよ」という言葉です。とはいえ、もちろん一番は、兄と母への負の感情を拭いきれない私への配慮だったと思います。


 

あれから1年がたち、兄は田中さんから紹介されたNPOでひきこもりの方々の相談相手になっています。本来は明るく物おじしない性格の兄には向いているのかもしれません。今も兄と直接話すことはありませんが、田中さんからは兄の話をいろいろ聞かされています。

兄は引きこもった要因を、「期待されているのに自分は何もできないんじゃないかと思うと人に会うのが怖かった」と話したそうです。母という強力な庇護者がいたことで、安寧な世界からなかなか抜け出せず、気付いたら25年たってしまったとも。