疎遠だった兄のあまりに身勝手な計画

その時、兄はとうに五十路(いそじ)を超え、ひきこもり生活も四半世紀近くになっていました。

相変わらず上から目線で高圧的な口調で語ったところによると、母がアルツハイマー型認知症と診断され介護保険のサービスを利用するようになり、コロナ禍で症状が進んだことでケアマネジャーから施設への入居を勧められたのだそうです。だから私が実家に帰って母の施設入居の手続きと、兄のお世話をしろというわけです。

息子が大学受験を控えるわが家の状況も顧みず、自分の家族の緊急事態とも言える状況の中で自分勝手な主張ばかり並べ立てる兄に嫌悪感を覚えると同時に、猛烈な怒りが湧き上がってきました。

「これまでずっとお母さんの世話になってきたんだから、お兄ちゃんがお母さんの面倒を見るのが当たり前でしょう!」と電話をたたき切りました。

するとその数日後、今度は実家の地域を担当する民生委員の方から連絡が入りました。母の認知症が悪化してから実家がゴミ屋敷のような状態になっていること、母は介護保険のグループホームや特別養護老人ホームに引き取ることができるけれど兄に関しては現状の行政サービスではいかんともしがたいことを困惑気味に話してくれました。

障がい者認定を受けて生活支援を得ることを提案されても、「俺は病気じゃない」と精神科の受診をかたくなに拒んでいるようです。

ドキュメンタリー番組で知った「8050問題」

母や兄のことで地域の方に迷惑をかけているのは心底申し訳ないと思いました。でも、だからといって私が実家に戻って母や兄の面倒を見ようという気には到底なれませんでした。

そんなもやもやした気持ちを抱えたまま過ごしていた時に、テレビのドキュメンタリー番組で「8050問題」を取り上げているのを見ました。

8050問題とは、高齢のひきこもりにより扶養や介護といった問題が生じていることを指し、「80」代の親、「50」代の子から取ったネーミングだそうです。まさに母と兄のことではないかと思いました。

●ドキュメンタリー番組を見た宮下さんが取った行動とは? 後編【四半世紀引きこもった50代男性を“たった1年”で社会復帰させた「プロの手腕」で詳説します。

※個人が特定されないよう事例を一部変更、再構成しています。