もてなしの料理に文句をつける義母
「いらっしゃい。お義母(かあ)さん」
「ああ、詩織さん。どうも。今日は随分と家がきれいじゃないかい。また家政婦でも雇ったのかい?」
「いいえ。今日は休みだったので私が。それと、家政婦じゃなくて、ハウスキーパーさんですよ」
和子を玄関まで出迎えに行く。朝からあれだけ動き回った詩織はもうとっくにくたくただったが、初日から弱みを見せつけてはいけない。その一心で笑顔をつくった。
「母さん、早く上がって。これからは母さんの家でもあるんだから遠慮しないでさ」
茂に促されて和子は家に上がった。廊下を歩きながらしげしげと床や壁を眺めているのは、掃除が行き届いているかを確認しているからだった。
「豪勢なご飯だね。いつもこんなもの食べてるのかい」
「いえ、お義母(かあ)さんがいらっしゃるから今日は特別です。慣れない環境ですし、食べ慣れている和食がいいかと思って」
「へえ、珍しく気が利くじゃないかい」
リビングに通された和子が目を見開いたのは、詩織にも分かった。机に並ぶ料理の数々に驚いたのだろう。詩織は少しだけ胸が軽くなる。
もしかしたら和子ともうまくやっていけるのかもしれない。
軽くなった胸のうちに一瞬だけ抱いた希望は、すぐに
「味が濃いね。なんだい、このしぐれ煮は」
特に会話がある食卓ではなかったが、和子が発した一言は場を――主に詩織の心を凍り付かせるのに十分だった。
「こんなもの食べ続けたら病気になっちまうよ。もしや詩織さん、あたしをじわじわ殺してやろうって言うんじゃないだろうね」
「まさか」
「こっちの煮物は味がしないね。だめだめ。煮込む時間が足りないんだよ。付け焼き刃で料理してみたってね、日ごろの積み重ねが出るもんだよ。まったく」
「はは、慣れないことはやっぱりだめですね」
詩織は笑顔をつくった。横目に見た茂は話を聞いていなかったと言わんばかり、味がしないという煮物をつまんでいる。詩織は箸を持つ手に力を込めた。
●いよいよ始まった義母との同居生活。詩織はうまくやっていけるのでしょうか? 後編【「子なし」の選択が気に入らなかった義母の悪態をやめさせた“誰にでも起こりうる”事件】にて、詳細をお届けします。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。