母親が痛みを薬で誤魔化しながら、急くような形で“終活”に取り掛かったのは、父親がバツ1だったからだ。

父親には前妻との間に2人の息子がいる。母親が父親より先に亡くなれば、母親が管理していた夫婦の財産は、父親によって散財されてしまうかもしれない。母親が生まれ育った実家を二世帯住宅にしたのも相続対策の一環で、小規模宅地等の特例を利用するためでもあった。

父親が亡くなれば、異母兄弟の2人にも相続の権利が発生する。母親はたった1人の愛娘である春日さんのために、痛む身体に鞭打って公正証書遺言を作成。母親の遺言は、「すべての財産を娘に相続する」「娘が不在の場合は孫に相続する」という内容になっていた。

何度かの検査を経て、4月下旬。医師からようやく、「食道がんステージ4B。多発肺転移、多発リンパ節転移。リンパ節転移による水腎症あり」と告知があり、母親の抗がん剤治療入院が決まる。10年以上前にかかった「乳がん」の転移ではなく、原発だった。

春日さんは、母親の抗がん剤治療の合間に父親に介護認定調査を受けさせ、自分は保活を開始。父親は要介護1だった。

抗がん剤治療の4クール目を終えた後、母親は腫瘍が大きくなり黄疸が出る。治療を中断し、内視鏡手術を受けるも、再び黄疸が出て再手術に。

さらに術後、痛みによるせん妄で口から入れていた管を自力で抜いてしまったため、手術がなかったことになってしまう。

春日さんは、一度目の手術を受けた後、「痛くて辛かった」と言っていた母親の言葉を思い出し、「母が強く望まない限り、もう手術はやめてください。痛がるのはもう見たくない」と言い、母親も「もういやだ」と答えたため、再々手術はしないことになった。

春日さんが自宅での緩和ケアを希望すると、翌日、24時間体制で在宅看護する訪問医療チームが結成され、母親はベッドに横たわったまま帰宅。

2022年9月。帰宅から3日目の早朝、母親は自分が生まれ育った家で亡くなった。8月に68歳の誕生日を迎えたばかりだった。

●母親が亡くなるまでの詳しい経緯:【「すべての財産を娘に…」終活で“相続争いの泥沼化”を防いだ母の機転】