必要だったのは推しではなく“励ましあえる仲間”
姉への声かけ役は夫が買って出てくれました。
「今、すごく元気なシングルマザーのFPさんと仕事してるんです。何かの拍子に『実は義理の姉もシンママで』と話したら、『私がやってるシンママの会に紹介しなさいよ』ってうるさくて。僕の顔を立てるつもりで一度だけ参加してもらえませんか? 感じが悪かったら速攻帰っていただいて構いませんから」
本来は社交好きな姉に断るという選択肢はなかったようです。母の言葉を借りれば、翌月のシンママの会に喜々として出かけていき、即日入会を決めたとのこと。
それから数カ月、シンママの会を通して姉に少しずつ変化が表れました。なんと自発的に介護職員初任者研修(ホームヘルパー2級)に通って資格を取り、訪問介護の会社で働き始めたのです。
驚いた私が母に「大丈夫なの?」と尋ねると、「夜間介護とか時間の自由が利くのがいいんだって。『将来はケアマネージャーの資格を取って、お母さんに迷惑をかけないようにする』って言うのよ」と、母も戸惑い半分、うれしさ半分といった様子でした。七海の進学先も、本人の希望を優先させる形で動物看護師を目指す専門学校に決めたようです。
打ち明けられたコンプレックスと感謝
先月、父の法要で実家に帰った際、母が就寝した後に姉から「ちょっと飲まない?」と声をかけられました。
「友田さんのこと、紹介してくれたの、あんたでしょ? ありがと」。ほどよく酔った姉はその後、問わず語りにいろいろなことを話してくれました。
子供の頃から勉強もスポーツも、何をやっても妹の私に負けて悔しかったこと。家の中では、母だけが姉の理解者だったこと。大人になっても私は仕事も家庭も順調なのに自分だけうまくいかず、離婚してからは“推し”だけが心の支えだったこと。
「でもね、友田さんと出会って気持ちが変わった。友田さん家はうちと逆なの。知ってる? 友田さんのお姉さん、厚生労働省のキャリアなんだよ。友田さん、DV旦那から逃げ出した時に実家の親から『お前は家の恥だ』って言われて一時期シェルターで暮らしてたんだって。その話をしてくれた時に『梓さん、人生って自己満足なんですよ。人と比べても意味がない。自分が今置かれている場所で、何をしたかで満足度は変わります』って言われて、その通りだと思った」
姉の話を聞き、私自身も姉を誤解していたことに気づきました。そして無力な家族に代わって姉を心の闇から救い出してくれた友田さんに心から感謝しました。
聞けば、シンママの会の有志で子供たちが巣立った時に共同生活を送る「シンママ版やすらぎの里」を作るという目標があるのだそうです。
みんながそこに向けてiDeCo(個人型確定拠出年金)で積み立てをしていて、姉も「もう少し収入が増えたら始めるつもり」と照れくさそうに話してくれました。それで最初に私がシンママの会にうかがった時、米国の利上げが議論されていたのかと妙に納得した次第です。