厳しさの裏にあった母の愛

希美が教科書を段ボールの中に戻すと、一緒にしまわれていた大きなファイルが目に入った。小学校のときはこんなものを持っていた記憶がなかったので気になり、中を確認するとファイルには希美が描いた絵が入っていた。

台所らしきところで母が何かをしていて、自分がそれを眺めているところを描いた色鉛筆の絵だった。

「……そういえば絵は褒めてくれてたなぁ」

勉強で褒められたことはなかったが、絵について佳恵は厳しく言ったことはなかった。こんな下手くそな絵なのに無条件で褒めてくれた。

あのときの母の笑顔はなぜか鮮明に思い出せる。

それだけではない。

小学生のときは佳恵が勤める会社の社員旅行に一緒についていって、水族館に行ったりおいしいものを食べたりしていた。母子家庭で旅行なんて行く余裕がなかったので、社員旅行に一緒に行ける時を心待ちにして、前日の夜は楽しみで寝られなかった。

佳恵は厳しかった。同時に優しかった。

段ボール箱から漂う懐かしいにおいが、母の姿を思い出させた。

あかぎればかりの手を手当てしていた母。夜寝る前に絵本を読みながら自分が先に寝てしまった母。トイレに行きたくて目を覚ました希美が見た、暗い部屋の中で電卓をたたきながらため息をつく母。

母――佳恵は父と結婚したとき専業主婦だった。当時、結婚すれば女は仕事を辞め、家庭に入るのが当たり前だったから、佳恵もそうすることに疑いを持たなかった。しかし父と離婚をして女手一つで希美を育てないといけなくなった佳恵は途方に暮れた。

とはいえ、きっと佳恵は運がよかったほうだろう。実家があり、両親の助けを借りながら希美を育てることができた。学歴も何もない女が仕事を見つけるのは苦しい時代だったことは間違いないが、知り合いのツテをたどり、なんとか就職し、希美を大学卒業まで育て上げた。