朝6時半。
目覚ましのアラームより早く目が覚めるのは、15年の結婚生活で身についた習慣だ。花枝は、カーテンの隙間からのぞくまだ薄暗い空を見上げてから、そっと布団を抜け出した。
階下のキッチンに降りると、まず電気ポットのスイッチを入れ、トースターにパンを並べる。冷蔵庫から卵とベーコンを取り出し、温めたフライパンに落とすと、白身がじゅっと音を立てた。
「よし」
朝食の皿を2人分、トーストとベーコンエッグ、そして簡単なサラダを並べてテーブルに置く。カップにはインスタントのコーンスープを用意した。テーブルクロスのシワを指でなぞって整えると、花枝は深く息をついてから、階段を上がった。
「隆、起きて。朝ごはんできてるよ」
14歳の1人息子・隆の部屋の前に立ち、1度目は、優しい声で呼ぶ。
「今日は学校どうする? お休みするの?」
2度目は少し声を張るが、返事はない。軽くノックしてからドアノブをそっと回すが、カチリと音がして、それ以上は動かなかった。
花枝も無理に開けようとはしない。ただ、「先生に連絡しておくね」とだけ告げて階段を降りた。
「はあ……いただきます」
ダイニングテーブルに座ったまま食事を見つめる。
隆の分の湯気がまだ上がっていた。すぐに食べるわけではないとわかっていても、片づける気にはなれない。
朝食を終えるとスマートフォンを手に取り、学校の担任に電話をかける。3回目のコールで出た女性の声は、もう聞き慣れたものになっていた。
「すみません、今日も……はい、ええ、またお便りがあればまとめて……ええ、お願いいたします。はい、失礼いたします」
通話を終え、スケジュール帳に赤いペンで小さく「欠」と記す。見て見ぬふりをしていても、日付の欄に赤い印が連なっているのは隠しようがない事実だった。
「もう3学期も終わりか……」
小さくつぶやいてから、再び食卓に目をやると、手つかずの朝食プレートが目に入った。
乾燥しないようラップをして、トレイの上にまとめて置く。
隆が中学に通わなくなって約2カ月。
中学2年に上がった頃から度々学校を欠席していたが、年明けから本格的に不登校となった。ここ最近は、外出も拒絶するようになってしまい、自室に閉じこもりがちだ。
夫に連絡しようかと思いながら、スマートフォンを握った手をゆっくり引っ込めた。
彼は2年前から他県で単身赴任中。心配をかけたくないという思いと、自分が母親なのだからという責任感から、なかなか隆の件を相談できずにいた。
「さあ、そろそろ洗い物しないと」
台所に立ち、食器を片づけながら、花枝は1人静かに朝を過ごした。食器の重なり合う音だけが、リビングに響いていた。
