<前編のあらすじ>
41歳の山田玲子(仮名)さんは、22歳から17年間、母の介護に人生を費やしてきました。
お花の先生として活躍していた母は脳梗塞で倒れ、家事ができない状態に。さらに再発後は意識のないまま自宅での介護が続き、仕事で不在がちな父に代わり、玲子さんが一人で昼夜を問わず母を支えました。
資格勉強もままならず、医療費に追われ、外に助けを求める余裕もない日々が続きました。気づけば17年の月日が流れ、39歳に。母を看取ったとき、玲子さんはようやく“止まっていた自分の人生”と向き合うことになりました。
●前編:「悔いの残らないように母を看取りたい」献身的な介護の果て、41歳になって婚活を始めた娘が気づいた“取り戻せない時間の重み”
40歳近くでの婚活。不安でいっぱい
お母さんの介護をする玲子さんを見て、お父さんはずっと心配でした。もちろん自分が仕事をセーブして娘と一緒に介護をすればいいのだろうと思ったのですが、それでは生活ができなくなってしまいます。お父さんもさぞかし辛かったことでしょう。
介護によって婚期を逃してしまったこと。そして40歳近くになった今、結婚や出産は可能なのか。お父さんは不安を募らせていました。
自分たちでは対応が難しいと判断し、結婚相談所に入会しました。玲子さんにヒアリングをしたところ、男性とのお付き合いの経験がないことがわかりました。大学を卒業した後は資格試験に没頭していましたし、その後はお母さんの介護をしていたためです。
大学を卒業してから、ある意味、玲子さんの時間は止まってしまっていたのです。
だからこそ、玲子さんは若い時の感覚のまま、結婚に対しても希望を持っていました。でも現実はそれほど甘くはありません。40歳近い年齢を考えると、すんなりといかないこともあります。
また玲子さんは社会経験が少なすぎました。大学生の頃は若さもあって、男性からも好意を寄せられることも多いものです。でも社会に出ると意地悪なことを言う男性もいます。傷つくこともありますし、想像もしなかったタイプの人から交際を申し込まれたり、結婚を前提に迫られることもあります。
さらに、年齢を重ねると、男性から向けられる目線も変わってきます。そのような視線の違いや男性の考えを知る期間は多くの女性にはあるのですが、大学を卒業してからの時間を、ほぼお母さんの介護で過ごした玲子さんには、そのような経験がありません。
玲子さんは、人生で特に大切な時期を介護に費やしてきました。それが親への感謝の気持ちのあらわれともいえるでしょうが、その先の人生に大きな影響を与えてしまったのも、また事実です。
