笑い声に手作り料理、温かな島の人々
玄関をくぐった瞬間、ふわりと魚のだしの香りが鼻をくすぐった。土間にはぬれた傘や長靴が並び、奥からは人の話し声と笑い声が絶え間なく聞こえてくる。おばあさんが「ただいま」と声をかけると、台所からかっぽう着姿の女性が顔を出し、志保たちを見るなり目を丸くした。
「あら、お客さん? 台風の中、大変だったねぇ」
それはおばあさんの息子の妻らしく、あっという間に志保たちの荷物を受け取って、身体を拭くものをくれる。奥の居間に上がらせてもらうと、白髪の男性が新聞を脇に置き、ゆったりと笑って手を振った。
「まあ、座って座って。たぶん今夜は騒がしくなるよ」
そう言われた通り、気がつけば近所の人までやってきて、座敷には長机が2つ、どんと並べられた。
お皿には煮つけや天ぷら、ラフテー、海ぶどうがぎっしりと盛られ、湯気を立てる鍋の中には豚骨と昆布がぐつぐつと煮えている。三線の音が響き始め、誰かが歌えば、別の誰かが笑いながら手拍子を打つ。
志保は見知らぬ人たちに囲まれながらも、不思議と居心地の悪さを感じなかった。その輪の中で、大志も最初こそ背筋を伸ばしていたが、地元の男性たちに泡盛をすすめられ、次第に笑顔が柔らかくなっていく。
「へえ、東京から? 大変だったなぁ。でもまあ、台風なんて毎年のことさ」
そんな軽やかな言葉に、大志も肩の力を抜いてうなずいていた。
ふと目をやると、奥の部屋に敷いてもらった布団で眠っていた璃子が、いつの間にか目を覚ましていた。頬がまだ赤いが、同じ年頃の子供たちに誘われ、ゲーム機を手に笑っている。
さっきまでぐずって泣いていたのがうそのようだ。
「大志、璃子があんなになじんでる」
「本当だ、子どもの適応能力はすごいな」
宴は夜が更けても続いた。
志保はおばあさんに頼んで、後片付けを少し手伝う。皿を運びながら、「いきなり押しかけてすみません」と言うと、「島じゃ、よくあることだから」と笑って返された。
居間に戻ると、大志はすっかり頬を赤くしていた。泡盛のグラスを手に、ふと真面目な顔で志保の方を見る。
「……なあ俺さ、ホテルで倍払うとか、ばかみたいだったな」
「うん、あれはちょっとびっくりした」
笑いながらも、その言葉の裏にある彼の反省がわかるから、志保はそれ以上、大志をからかうことはしなかった。金で解決しようとしたところで、こういう夜は手に入らない。
揺れるランプの下で、歌う声や笑う顔、台所から漂う匂いに包まれながら、志保はお金では測れない豊かさを、全身で受け止めていた。