このままでは父の蓄えが尽きてしまう
そのこと自体は本当に申し訳なく思い、施設に行く度におわびをしていたのですが、3カ月前には父に契約している精神科の医師の診察を受けさせ、「先生が精神科病院に入院して治療した方がいいと言っている」などと連絡してきました。
精神科病院には、閉鎖病棟に入れられたり、身体拘束をされたりする印象があります。80歳を超えた父をそこに入院させるのは抵抗がありました。
それだけではありません。父の口座から引き落とされる介護保険の利用料も今年になってから、いわゆる「上積み」や「横出し」といった保険外の部分が増え、施設の料金と合わせると毎月40万円にも上っていました。
このままでは父の蓄えがあっという間に尽きてしまうのが目に見えています。私も働いてはいますが、それほど給料が多いわけではなく、大学1年生の息子の学費や住宅ローンを負担しながら父の介護費用を払っていくなど不可能です。
ケアマネジャー山内さんに最後の望みを託す
何とかしなければという焦燥感の中で思い浮かんだのが、母のケアマネジャーだった山内さんでした。
山内さんは私より10歳以上年下で、茶髪で原色の多いファッションから元ヤンだという人もいましたが、仕事ぶりには目を見張るものがありました。母のことでお世話になった時も、頼りにしていた母が認知症の診断を受けて思考停止状態になってしまった私を励まし、認知症になっても自分らしく暮らしていける選択肢をいろいろ示してくれました。
ずっとお付き合いしたかったのですが、母が施設に入居して3年ほどした時に大阪の大手の医療法人グループから引き抜かれ、今もそこで働いています。私とはウマが合い、時々メールのやりとりをしていたので、「お忙しい中を申し訳ないのですが父のことでご相談したいことがあり、お時間を取っていただけませんか?」とメールを入れたのです。
驚いたことに、それから1時間もたたないうちに山内さんから電話がかかってきました。電話口で幾つか確認をし、それに対して私が要領を得ない答えを返し、さらに質問を重ねる形で必要なことを聞き出すと、山内さんは「分かりました。お父様の状況について、ちょっと私なりに調べてみます。1週間ほど時間をください」と言って電話を切ったのでした。
ちょうど1週間後、山内さんから長いメールがありました。
父の入居している老人ホームが運営資金や労働力不足など経営上の問題を抱えていて利用者からのクレームが増えていること、特に入居者に直接接するヘルパーの質の低下が著しく、入居者を軽んじるような言動やつねる、つつくなどの虐待が報告されていることが綴られていました。
そこには、「お父様の介護拒否の原因もそうしたところにあるかもしれません」という山内さんの所見が付記されていました。
山内さんは、ホームでのキャリアが長い施設長の“独裁体制”についても問題提起をしていました。施設のスタッフはもちろん、ケアマネも施設長の言いなりで、意見ができる人は一人もいない。父の若いケアマネは、父ではなく施設長の方を向いてケアプランを作成しているのではないかというのです。
そのようなホームでは介護報酬の不正請求が行われている場合もあり、「不信に思っているのなら行政の窓口に相談してください」とも書かれていました。
最後に、山内さんは父が精神科病院への入院を勧められたことに対し、「あなたが担当の精神科医に直接確認しては?」というアドバイスをくれました。「個人的には施設長が退去を迫る方便である可能性が高いと思うけれど、専門医の立場からお父様の変化で気になる点があるのかもしれません。娘さんには医療情報を開示してくれると思います」
いずれも的を射た指摘で、今の私には値千金の助言でした。