義理の父が血のつながった弟をかわいがり…

益実と父の健一郎は血が繋がっていない。健一郎は母の再婚相手で、益実は母の連れ子だった。

一緒に生活をするようになったのは幼稚園生の頃だった。

その頃の健一郎はとても優しく、益実は幸せな生活を送っていた。

状況が変わったのは益実が小学校に入学してから。ちょうどその頃に優が生まれ、それから健一郎はあからさまに優だけを可愛がるようになり、連れ子である益実とは扱いを明確に区別するようになったなった。

「別にもう済んだことだし、あの人のことはどうでもいいの。私に子どもはいないけど、まあ自分の血の繋がった子を可愛がるのは当然なのかなとも思うから」

益実の言葉に優はばつの悪い顔になる。

図らずも嫌味のようになってしまったがこれは本当の気持ちだった。

実際、益実は健一郎よりも母の善子のほうが嫌いだった。あからさまに冷たくされ、阻害されている娘のことを、善子は1度たりとも助けようとしてくれなかった。

決定的だったのは高校3年生のとき。

父と母を喜ばせようと勉強を頑張っていた益実は学年でもトップクラスに成績が良かった。テストや通知表を見せると、2人とも上機嫌になった。本が好きだった益実には、将来出版社で文芸編集をしたいという夢もできた。

だが、進路を考えるタイミングになって、健一郎は手のひらを返し、益実の大学進学を拒否する。女が進学なんてすると結婚が遅れるとかなんとか時代遅れなことを言っていたが、結局は他人の子の学費など払いたくないということだろう。

小学生のころから居場所のない家に必死にしがみついてきた益実に、反抗期らしい時期はなかったが、このときだけは健一郎に歯向かった。

しかし火に油を注いだだけで、健一郎は進学を頑なに認めず、ときに拳を振り上げ、暴力的に脅しもした。善子もまた、触らぬ神に祟りなしと言わんばかり、事態を静観しているだけで何もしてはくれなかった。

結局益実は唯一高卒でも採用してくれた資格書籍を扱う小さな出版社で働くことになった。与えられた環境で必死に成果を出し、着実にステップアップし、今の出版社で働けているのは、ひとえに益実自身の努力だった。

「もし姉さんが良いのなら、母さんが入院している病院の住所を教えるけど」

優に聞かれ、益実は軽く息を吐いた。

「結構よ。私の中でもう2人とも死んだことになってるから」

鋭く尖った声で告げると、優は黙り込んで俯いた。

もう話すことはないので、1000円札だけを置いて喫茶店を出る。

店の窓ガラス越しにはうつむいたまま動かない優の後ろ姿が見えていた。少しだけ、ほんの少しだけ、両親の面倒を押し付けてしまって申し訳ないなとは思う。

だが益実とは違い、男であるというだけで有名な私大に通わせてもらい、実家の近くに家を買い、結婚して子どももいる優は、両親に愛された理想の息子だろう。

優に罪はない。すべては血縁なんてもので扱いに傾斜をつけた両親のせいだ。だがそれでも、愛されていた優のことを手放しで家族と呼んで親しげにできるほど、益実の気持ちは整理がついていなかった。