お金は貸せない

「ねえ、お兄ちゃん、ちょっとお金貸してもらえない? すぐに返せるからさ」

侑里が言うと、佑次は腕を組んで考え込む。思ったよりも額が多くなかったのだろう。佑次は温厚で優しい半面、こういうときに断れない性格でもあり、特にお金のこととなると無頓着だった。

しかし侑里が本当にビジネスを始める気でいるのかも怪しい。そもそも本気で何か事業を起こすつもりならブランド品を買っている場合ではないだろう。初期投資が大事だというのなら、兄に頼ってくる前にそのやたら高そうな鞄を売ればいいと、伊織は思った。

「侑里さんごめんなさい。悪いけどうちは力になれそうにないわ。来年は加奈子も大学受験だし、家のローンもまだ残ってるし」

「そうなの? でも――」

「ごめんなさい。お金は貸せないわ」

語気を強めてきっぱりと言い切ると、侑里は「わかったわ」と思っていたよりも簡単に引き下がった。出したお菓子をぼりぼりと食べて帰っていったあと、伊織は小さく胸を撫でおろした。

「やっぱり反対か?」

と、佑次が話を蒸し返したのはその夜のこと。寝室のベッドで本を読んでいた佑次が、シャワーから戻ってパックをしている伊織の背中に言った。

「なに? あなたは賛成なの?」

「まあ、50万くらいだしな。本当に困ってるなら貸してもいいかなと思ってるけど」

佑次の暢気な口ぶりに、伊織は思わずため息をつく。