<前編のあらすじ>

婚約者・幸平とのバレンタインを特別なものにしたかった亜樹は、2月に入ってから材料やラッピングにこだわり、時間をかけて手作りチョコを準備した。

ホワイトデー当日に幸平から渡されたのは、無難なクッキー。翌日、幸平の家に向かう途中で立ち寄ったコンビニで、亜樹は全く同じものが、値下げシールを貼られて山積みにされているのを目にしてしまった。

幸平に問いただすと軽くあしらわれ、ついに口論に発展。「たかだかバレンタインのお返しで心が狭い」と言われた亜樹は、言葉を失い、その場を飛び出した。

●前編【「たかだかお返しで心が狭い」プロポーズから初のホワイトデー…コンビニの“半額処分品”に気づいた温度差

誰にも言えなかった本音

週明けの昼休み、亜樹は社員用の休憩スペースで、ラップに包んだおにぎりを手にしたまま、ぼんやりとしていた。朝から仕事が立て込んでいたおかげで、パソコンに向かっている間だけは余計なことを考えずに済んだ。しかし席を離れた途端、昨日の幸平の言葉が、何度も頭の中で反響する。

「たかだかバレンタインのお返しで、心が狭い」

自分でも感情的になっていた自覚はある。コンビニでホワイトデーのプレゼントと同じクッキーを見つけたことで、頭に血が上った。そのままの勢いで幸平を責め立て、結局は口論になった。最終的に会話を諦めた、自分のほうにも非はある。それでも、あそこまで言われる筋合いがあったのかと思うと、また気が重くなる。

「亜樹ちゃん、どうしたの。今日、朝からしんどそうだよ」

顔を上げると、同僚が自前の弁当箱を持って立っていた。

「わかる?」

「わかるわかる。何年一緒にいると思ってんの」

同僚は笑いながら隣に腰を下ろした。彼女の明るさに、肩の力が少し抜ける。少し迷ってから、亜樹はおにぎりのラップを指でいじりながら言った。

「幸平とケンカした」

「あら、珍しい。結婚準備で?」

「ううん。ホワイトデー」

「あー、そっちね」

亜樹は、一連の出来事を順に話した。言語化していくうちに、自分でも細かいことを言っている気がして、だんだん声が小さくなっていく。

「私、別に高いものが欲しかったわけじゃないの。もともと幸平は、そういうの疎いし」

「うんうん」

「でも、婚約してから初めてのイベントだったし、何か違う感じなのかなって、勝手に思ってて」

「そりゃ思うよ」

「それで文句言ったら、心が狭いって言われたの」

そこまで聞いて、同僚は目を丸くした。

「ありえない。私ならブチギレてる……っていうか、もらった瞬間に文句言ってるかも」

「マジで?」

「『これ、どういう意図で選んだ?』『10文字以内で簡潔に述べよ』ってね」

「ちょ、言い方」

真顔で言ってのける同僚がおかしくて、亜樹は思わず笑ってしまった。張りつめていたものが少しゆるんだ気がした。

「まあ、私の言い方はちょっとあれだけど、話はしといたほうがいいと思うよ」

「そう……だよね」

「だって、亜樹ちゃんが引っかかったのって、クッキーがどうこうだけじゃないでしょ。結婚する前に、擦り合わせしといたほうがいいよ」

その一言が、胸の奥にまっすぐ落ちた。

「そうだね。話してみるよ」

亜樹はようやくおにぎりの包みを開いた。ひと口かじると、海苔の匂いがふっと鼻に抜けた。