小さく吐き出したため息がリビングにとけた。伊織はオープンキッチンでお菓子を出しながら、テーブルで向かい合っている夫の佑次と義妹の侑里を見やる。
25歳のときに結婚してから23年。正反対の性格をしている伊織と佑次はそれなりにうまくやってきた。義両親との関係も良好で、ひとり娘の加奈子も健やかに育った。特別に裕福というわけではなかったが、外から見ればそれなりの家庭を築いてきた。
だが、そんな伊織にも懸念はある。それが突然家を訪ねてきた侑里の存在だ。
身につけている洋服やアクセサリーも、腕にぶら下げていた鞄も、どれもファッションに詳しくはない伊織ですら知っているような一流ブランドのもの。
何年か前に離婚していたはずで、元は専業主婦だった彼女が今どんな仕事をしているのか分からないが、露骨な羽振りの良さに違和感を――しいては疑念を感じずにはいられない。
「私ね、ビジネスを始めようと思うのよ。ほら、今は風の時代って言うでしょ? 大きな組織に属して、ぼーっとしてる人生なんてまっぴら。もっと刺激的で、クリエイティブな人生を送りたいの」
怪しい自己啓発セミナーから借りてきたような侑里の話を、佑次は親身にうなづいている。
「ビジネスって何をやるんだ?」
「色々よ、色々。頭のなかには色々あるの。まずは動画配信を始めて発信力をつけて、それから色々なプロジェクトを実行していこうと思ってるわ」
伊織は呆れつつもそれを表情には出さないよう努めながら、コーヒーとお菓子を2人のあいだに出した。
「それでさ、相談っていうとあれなんだけど、初期投資で機材とか買ったら思ったよりもかかっちゃって。ひとまず借金でなんとかしたんだけど、ちょっと体裁悪いでしょ?」
「借金⁉」
佑次が目を丸くする。しかし侑里のほうは涼しい顔でコーヒーを飲んでいる。
「何驚いてるのよ。ビジネス始めるんだから当然でしょ。初期投資は大事なのよ」
「そうかもしれないが、……ちなみにいくらなんだ?」
「ひとまず50万」
伊織はキッチンで夕食の準備を始めながらため息をつく。もうこの先の話はなんとなく予想がつく。要は侑里は金の無心に来たのだ。