<前編のあらすじ>
生後3カ月の娘・美亜を育てる佐都子は、深夜の授乳や寝かしつけをほぼ1人でこなすワンオペ育児に心身ともに疲弊していた。
夫の実は仕事を理由に夜泣きの対応を拒否するばかりか、飲み会にいったり美容院にいったり、自由に過ごしてばかり。自分ばかりが我慢していると感じた佐都子の疲労と怒りは頂点に近づいていく。
ある日、実がショッピングモールで20万円のひな飾りを無断で購入。「娘のためにやって当然」と言い放つ実に、佐都子はついに怒りを爆発させてしまった。
●前編【「昼間に寝れるんだから頑張って」夜泣きも家事もワンオペ…産後3カ月で体も心も崩壊寸前の母親が抱えた孤独】
リビングに置かれたひな飾り
翌日からリビングの隅にはひな飾りがちょこんと置かれるようになった。おそらく実が設置したのだろう。目に入れると怒りが湧いてくるので、佐都子はなるべく視界に入れないようにして過ごした。
もちろん実には勝手にひな飾りを買ってきたことへの反省はない。美亜の夜泣きも相変わらずひどい。佐都子は自分が今起きているのか寝ているのかも分からなくなりつつあった。
これまで何度も限界だとは思ってきたが、このままでは壊れてしまう。そんな不吉な予感が漠然とあった。
週末の土曜日、実は相変わらずリビングでダラダラとテレビを見ていた。
佐都子は朝から美亜の面倒を見つつ、家の掃除を入念にしていた。やがてチャイムが鳴ったとき、佐都子は待ち人がようやく到着したのだとわかった。
玄関を開けると、そこにいたのは義母の里英だった。里英は佐都子の顔を見て少しだけ目を細めて、頷いた。
「久しぶりね。美亜ちゃんもこんにちは」
「今日はわざわざありがとうございます」
佐都子は頭を下げた。
「いいのよ。電話では伝わらないことだってあるでしょうし」
「はい。本当に助かります。どうぞ中に入ってください」
里英をリビングに連れて行くと、宅配便か何かだと勘違いしていた実はソファから体を起こして目を丸くした。
「……え? 母さん?」
里英はソファで寝そべる実に冷たい目を向けた。
「久しぶりね」
「な、ど、どうしたんだよ? 急にやってくるなんて」
実が驚くのも不思議ではない。実の実家は他県にあり、里英は今日もわざわざ飛行機で来てくれていた。
「ちょっとあなたに話があってね」
そう言って里英はダイニングテーブルに座った。里英が醸し出す無言の圧力に従うように、実も倣って腰を下ろし里英と向かい合う。佐都子は里英の横に座り、戸惑っている実に言った。
「私、もう本当に限界なの。あなたは家事も育児も手伝ってくれないし。だからお義母さんに全部相談した」
本当は相談するつもりなんてなかった。里英だって息子の愚痴を嫁から聞かされたくなんてないはずだとずっと我慢してきた。けれど限界だった。だからこれは佐都子にとっての切り札だった。
「……何か不満があるのなら直接俺に言えば良くないか?」
「言ったわよ。でもあなたは全然聞いてくれなかったじゃない。だからお義母さんに話したの」
実は反論しようと口を開きかけるが、それよりも早く里英が口を挟んだ。
「実、あなた、子育てに全然協力してないみたいね」
「……いやしてるって。自分ができる限りのことはやってるよ」
実は小さい頃から厳しく育てられており、里英に対して頭が上がらない。それでもこうして反論をするということは本当に“やっている”と思っているということなのだろう。
