<前編のあらすじ>
パート勤務をしながら娘の未来を育てる冴子は、事業に失敗した夫が残した数百万の借金を今も抱えるシングルマザーだ。未来の卒業式が近づくにつれ、袴のレンタル料への不安が膨らんでいく。
冴子は袴レンタルのパンフレットを手に未来に声をかけるが、未来は「袴はいらない、スーツで行く」とあっさり答えた。「式が終わったら一緒においしいものを食べよう」と明るく笑う未来に、冴子は承諾する。
金銭的負担がなく「助かった」と思った瞬間、冴子はそう思ってしまった自分の心の動きに打ちのめされてしまったのだった。
●前編【「1日しか着ない袴に何万円も」夫の借金を抱えたまま10年…卒業式を控えた娘が「スーツで行く」と言い張る理由】
スーツ姿の娘と向かったファミレス
冴子と未来が店に入ったのは、ちょうど夕食時で混み始める直前だったらしい。ファミレスの入口には、順番を待つ客が何組か並んでいる。
案内されたのは、窓際のボックス席。店内には、ほんのり甘いデミグラスソースの匂いが漂っている。
「こういうところ、久しぶりだね」
と言って、未来が向かいの席に腰を下ろした。
「そうだね。外食じたいめったにしないもんね」
そう返した冴子の目に、未来のスーツ姿がやけにくっきりと映った。隣に置いた紙袋からは、ゼミの後輩からもらったのであろう、控えめな花束と寄せ書きの色紙が顔を覗かせている。卒業式の名残がそこにあった。
「未来、卒業おめでとう」
「ありがとう」
冴子がやや改まって言うと、未来は照れたように笑った。
「さあ、何食べようかな。もうお腹ペコペコだよ」
そう言って笑う顔は、いつもの未来だった。楽しそうにメニューを開く娘の姿を見て、冴子はほんの少し救われる思いがした。
「お母さん、好きなの頼みなよ」
「未来こそ。今日は未来のお祝いなんだから」
「じゃあ、ほんとに遠慮しないよ」
料理が運ばれてくると、未来は「おいしそう」と素直に声を上げた。
それから、今日一日の出来事を語り始めた。
学長の話が長すぎて卒業式が予定より1時間も長引いたこと。式典後のゼミで後輩たちにプレゼントをもらったこと。同じ学科の友達が号泣しすぎてティッシュが足りなくなったこと。
冴子は微笑みながら相づちを打っていたが、そのたびにジャケットの黒が目に入った。
「あ、そうだ。写真、見る?」
料理が半分ほど減ったころ、未来がスマホを取り出した。
「いっぱい撮ったんだよね。もう容量が足りなくなるかと思ったよ」
「そう、そんなに……」
グラスを置いた冴子は、テーブルの上に置かれた画面をのぞき込んだ。
最初は学科の看板の前で、未来が1人で立っている写真だった。卒業証書の筒を抱え、まっすぐこちらを見て笑っている。
2枚目からは友達との写真だった。
画面をスワイプするたびに色が増えていく。えんじ、紺、深緑、薄い桃色。色鮮やかな袴姿の学生たちが並ぶ中、ただ1人黒いスーツ姿の未来が映っていた。
「この子、ゼミで一番仲良かった子」
「きれいだね」
「うん。朝の5時から、美容院で頭セットしてもらったんだって。すごいよね」
未来は何気なくそう言って、また次の写真を開く。誰もかれもが晴れ着に身を包み、髪もきちんと整えて、誇らしげな顔で笑っている。
「あ、そうそう。この辺に写ってるメンバーが、同じ学科の友達ね。1年生のころから仲良くて、今日の式にも一緒に出たんだよ」
「そう……」
写真に写る未来の笑顔が、冴子にはたまらなかった。
