未来の真意とは…
「袴を着なかったからって、おめでたいのがなくなるわけじゃないでしょう」
未来の言葉に冴子は何も言えなかった。
「もちろんお金が大事なのはわかってるよ。お父さんの借金で、お母さんが苦労してるのをずっと見てきたからね。私だって、うちの事情はわかってるつもり。でもさ、お金がなかったら全部不幸かって聞かれたら、私は違うって言える」
「本当に……そう思う?」
「うん。私は、ちゃんと幸せだよ」
喉の奥が熱くなった。「幸せ」という台詞がゆっくりと全身に染み込んでいく。
未来は言葉を探すように、少しずつ続けた。
「我慢したことがないと言えば嘘になる。でも、それって誰にだってあることでしょう。私は、お母さんがずっと私のために働いてたことも知ってるし、無理してたこともわかってる」
「そんなの、親なんだから当たり前で」
「当たり前じゃない。すごいことだよ」
冴子は俯いたまま、膝の上で握っていた手の力を少しゆるめた。
「私ね、こうしてお母さんと一緒にお祝いできて、すごく嬉しかった。だから、もう謝らないで」
未来の話を聞きながら冴子は唇を結んだ。目の奥がまた熱くなり、今度はさっきとは違う涙がこぼれた。止めようとしても止まらなかった。
未来は困ったように笑って、小さく首をかしげる。
「もう、また泣く」
「だって……歳を取ると涙腺が緩くなるの」
「それなら仕方ないか」
そう言われて、冴子もかすかに笑った。
胸の中にあった重い塊が、全部ではないにしても、少しだけ軽くなった気がした。長い間、冴子が自分の中で膨らませてきた負い目を、未来はまっすぐ受け止めたうえで、否定してくれている。
冴子は震える息を整え、ようやく顔を上げた。
「……デザート、頼もうか」
「いいの?」
「もちろん。今日はお祝いだからね」
未来はうなずいて、やわらかく笑う。そして傍らにあったメニューを開くと、いつもの明るい声を上げた。
「わあ、春の苺フェアだって。お母さん、どれにする?」
「ほんと、どれもおいしそうね」
未来が差し出したメニュー表を覗き込むと、赤い苺がつやつやと眩しく見える。
窓の外では、夜の道路を車のライトがいくつも流れていった。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
