俺の方こそ、悪かった

家に着くと、気のせいか、リビングがいつもより底冷えしているように感じた。悲しみはまだ癒えなかったが、使う主のいないキャットタワーやトイレなどを見るのが辛くて、汐里たちはモモが使っていたものを片付け始めた。モモの大好きだったネズミのおもちゃ、爪とぎに使っていた段ボールのサークルや猫の足型模様のフードボウルなどを袋に入れて倉庫にしまった。

そしてモモの匂いがまだ残るクッションだけは、柚がしばらくそれを抱きしめた後、「これ持って帰っていい?」と尋ねたので、「もちろんよ」と汐里は答えた。
柱にはモモが爪を研いだ跡がくっきりと残り、モモが生きていた確かな証となっていた。柚がその傷を愛おしそうになぞりながら言った。

「中学生の頃、モモが私の部屋で寝てくれるのが嬉しくて。友達に自慢したら、嫉妬されたんだ。『猫に懐かれるなんて羨ましい』って」

「そうだったな。夜中にモモが部屋をうろうろして、柚が『寝られない』って騒いで。でも結局、朝になったら一緒になって寝てたっていう」

「そんなこともあったわね。あなた、『人騒がせな』って怒ってたわよね」

「お父さん、私に嫉妬してたでしょう、あのとき」

「そんなわけ」

「違うわよ、モモに嫉妬してたのよね」

「そっちか」

「何だよ、勝手に決めつけて」

慎吾がすね、二人が笑った。二人の笑顔を見て、慎吾も笑った。モモが亡くなってから、氷川家にしばらくぶりに訪れた温かい時間だった。しばらくモモの思い出話は尽きることがなかった。

だが、やがて柚の帰る時間が近づくと、誰ともなく三人は押し黙った。モモがいなくなってしまったこの家に、柚が再び帰ってくるのだろうかいう不安な気持ちに汐里の心は苛まれていた。会話の糸口を探すも、見つけることができず重い沈黙が漂う。そんな沈黙を打ち破り、柚がぎこちなく声を発した。

「じゃあ……、そろそろ帰るね」

「……そうか」

時が戻ってしまったかのように、柚と慎吾のあいだにぎくしゃくとした空気が漂った。見送りのために玄関の外に出る。何か言わなくては、でも何を言えばいいのか、汐里が逡巡していると、唐突に柚が言った。

「ごめんね、お父さん。私、あのときのこと、ずっと後悔してた」

慎吾も汐里も、触れてはいけないものを急に目の前に突き出されたように戸惑い、返す言葉を見つけることができなかった。

「あいつはやめたほうがいいって、お父さんの言ってたこと、結局図星になっちゃって。なんかダサすぎて、自分のこと」

バツ悪そうに髪を触りながらそういう柚に、慎吾と汐里が黙って首を振った。

「俺の方こそ、悪かった。つい感情的になってあんな言い方……」

汐里はそのやり取りを静かに聞きながら、涙を堪えることができなかった。そして何かを振り払うかのように、柚がさっぱりとした口調で言った。

「次の連休に、モモのお墓参りがてら、また来るね」

「ついでかよ」

慎吾が突っ込むと、「ついでだよ」と言って柚が笑った。

「ついでじゃなくても、帰ってきなさい」

「いつでも、待ってるからね」

柚は素っ気なく頷いて、踵を返した。

柚の背中が小さくなり、やがて見えなくなると、汐里は夜空を見上げた。それぞれが少しずつ素直になることを、もしかしたらモモがそうさせてくれたのかもしれない。

――ありがとう、モモ。モモもきっと、嬉しいよね。

にゃあ、と汐里には聞こえたような気がした。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。