大貴からの謝罪

話をしてみようと思ってから1週間が過ぎた。まだ話せていなかった。話さなければいけないと思えば思うほど、何と言って切り出したらいいか分からなくなった。

大貴のほうも、ロードバイク通勤こそ続けているようだったけれど、特にそのことを話題に出すこともない。2人のあいだに会話はあるものの、核心を避けて言葉を選んでいるような、そんな空気があった。

「瑠璃、この間のことなんだけどさ……」

だから、2人でアニメを見ているときにそう切り出してきた大貴の言葉が醸しだす雰囲気を、瑠璃は敏感に感じ取って息をのんでいた。

「この間のことって?」

「ロードバイクのこと」

瑠璃はとぼけてみたが、大貴は真っすぐに踏み込んできた。大貴は流れているアニメのエンディングではなく、瑠璃のことを真っすぐに見ている。

「う、うん……」

やっぱり納得できないから別れよう――。そう言われるのではないかと不安に思ったので、瑠璃の返事は歯切れが悪かった。

しかし大貴は深々と頭を下げた。

「本当にごめん。1回ちゃんと瑠璃に相談するべきだった。前から買いたいと思ってたヤツが入荷しててさ、それで思わず買っちゃったんだ。せめて買う前に瑠璃に連絡を入れるべきだったよね……」

大貴から謝罪をしてきたことに瑠璃は面を食らう。

「……何で急に、そんな、謝ろうと思ったの?」

「実は、この前、友達にロードバイクのことを相談したんだ。瑠璃が怒ってた理由がいまいち分かんなくてさ。そしたら、友達にお前バカかよって怒られた。大学生じゃないんだから、将来のことちゃんと考えて貯金とか、そういうの彼女は考えてたんだろって。言われて、俺、確かにって思ってさ」

大貴から謝られて気づいたが、瑠璃自身、もう大貴のことを怒ってはいなかった。ただ単に恐れていた。2人の関係に取り返しのつかない溝が生まれてしまうことが、大貴に別れを告げられるかもしれないことが、怖かった。

だから、瑠璃の口からも、謝罪の言葉は素直にあふれた。それが正直な気持ちだった。

「ううん。私もごめんなさい。大貴はただ、うれしい気持ちをおすそ分けしようとしてくれただけだったのに、頭ごなしに価値観押し付けてたよね。貯金のこともさ、大貴と私ってなんだかんだ価値観が似てたから、そういうのも分かってるはずだろうって勝手に甘えちゃってたと思う」

うつむいた瑠璃を、大貴は優しく抱きしめた。

「……こんなことなら、最初からちゃんと話し合えばよかった」

大貴の言葉に、瑠璃もうなずいた。

しかし瑠璃は、こうしてお互いの価値観の違いを知れたことはよかったようにも思っていた。1度大きな溝が生まれたからこそ、2人は今こうしてより強固な気持ちで結ばれているのだという実感があった。