そんなに使い込むと思わなかった
「ただいま」
ネクタイを緩めながらリビングにやってきた祐也は、みどりの顔を見るや動きを止めた。
「どうしたの? 怖い顔して」
「荷物はいったんここに置いて、着替えてきちゃって」
「……おう、分かった」
みどりはスエットに着替えて戻ってくる祐也を待った。戻ってきた祐也は状況がつかめないらしく、困った様子でみどりの前の席に着いた。
「お義母(かあ)さんの買い物癖のことだけどさ」
そう切り出すと、祐也は息を吐いて表情を緩めた。
「なんだ、またその話? ひとまず様子を見ようってことで決着ついたじゃん」
「そうなんだけど、今日もまた銀座で大量に買い物してきたの。それで、ずっと不思議だったことを確かめようと思って」
祐也は相づちを打つ。だがことの深刻さは理解できていない様子だった。
みどりは机の下に隠していた手を出した。持っていたカードを置くと、祐也はかすかに表情をこわばらせ、視線をそらした。
「お義母(かあ)さんがね、このカード祐也から借りてるっていうんだけど、どういうこと?」
「いや、それはあれだよ、あれ。前も言ったろ。母さんには楽させてやりたいって」
「楽ってレベルじゃないと思うけどね」
みどりは次に、銀行のアプリを開いたスマホを置いた。これでもう言い逃れはできなかった。
「100万も買い物するのが楽? ただのぜいたくだよね?」
みどりは容赦せずに問い詰めた。祐也の顔から、血の気が引いていった。
「そんなに使い込むと思わないだろ、普通。ちょっといい思いさせてやろうと思っただけだったんだよ」
「お義母(かあ)さんは、自由に使っていいって言われたって。ねえ?」
廊下のほうへ目をやると、ちょうど佐枝がリビングに入ってくる。夕方、すでに問い詰められてすべてを話している佐枝は見るからに不機嫌そうだった。
「ごめんね、祐也」
「母さん……」
2人はまるで世界の終わりを迎えたような様子でお互いを呼び合っていた。みどりは2人でやれよと内心で吐き捨てたが、頭は冷静だった。
「使った金額も問題なんだけどさ、信じられないのはこれが2人で将来のためにためようって決めたお金だったことだよ。別に1円たりとも使うなって話じゃないんだよ。でも、2人でためてたんだから、使うんだったら事前に相談すべきだと思うんだけど?」
みどりは自分が正しいことを言っている自覚があった。だが2人はそろって、うんざりしたようなため息を吐いた。
「2人の貯金って言ったってどうせ、祐也がためた金だろう」
「なんか言いました?」
ぼそりと吐き捨てた佐枝を、みどりはにらみ付けた。
「そんなにイライラするなよ。お金なんてまたためればいいんだし。使っちゃったものは仕方がないだろ。なあ、母さん」
「そうよねぇ。今更言われてもねぇ」
夕方までしおらしくしていた佐枝も、祐也がいることで気を大きくしているのか、いつもの調子を取り戻していた。
「あんまりケチくさいこと言うなよ。な? この話は終わりにしよう」
まるでこっちが悪いみたいな物言いに、みどりはあぜんとするしかなかった。